アラームが3回鳴っても、柚葉は起き上がれなかった。
布団の中で片手だけ出してスマホを止める。目は半分しか開かず、脳がまだ夢の中にいるようだった。
「……あと5分。いや、10分……いや、もう今日、月曜やめたい……」
ようやく体を起こして鏡を見ると、目の下にはしっかりクマ。顔は白く、唇の色も悪い。
「うわ、これ“だるさのフルコース”……」
昨日は夜遅くまでレポート、コンビニおにぎりを片手にエナジードリンクで乗り切った。
寝る前にSNSを見始めたら、結局2時。しかも朝は朝食抜きでアイスコーヒーだけ。
胃の奥が冷えていて、空腹なのに食欲がわかない。
(これが……“社会人予備軍”のリアル体力テスト……?)
玄関で靴を履こうとした時、ふらっと体が傾いた。
「あ、やば……立ちくらみ……」
その瞬間、視界がふっと暗くなった。
――気づけば、柚葉は巨大な機械室の中に立っていた。
金属のパイプが天井まで続き、中央には「ボイラー」のようなものがある。
でも、その歯車は止まり、火花すら出ていない。
辺りは灰色のもやに包まれ、空気は重く沈んでいる。
「ここは……脾の工場?」
機械のそばに、作業服姿の“脾”がしゃがみこんでいた。
顔は真っ青、工具を手にしているが手元が震えている。
「……ごめんなさい。食べ物を“気”に変える作業が、止まっちゃって……。夜更かしと冷たいコーヒーで、発電炉が冷え切ってるの……」
柚葉は青ざめた。
「ちょ、つまり……私、今“電池切れ”状態ってこと!?」
その時――もやの奥から、ぬるりと何かが現れた。
グレーの煙のような体、あくび混じりの声。
「ふぁ〜……おっと。今日も気持ちよく“気”を吸わせてもらうぜぇ……」
目の下にはクマ、姿勢はだらけきっている。
「お前は……誰!?」
柚葉が叫ぶと、そいつは片目を細めて笑った。
「俺は“虚虚丸”。フワ〜っとした気を吸って、だるさを広げるのが趣味だ。
やる気? そんなもん、全部いただきだぁ……」
もやがボイラーにまとわりつく。
途端に機械音が止まり、工場の灯がひとつ、またひとつと消えていく。
「やめろっ! あんたのせいで私の朝からテンションが地を這ってるの!」
虚虚丸は煙のような体を揺らし、だるそうに笑った。
「湿気とは違うんだぜ。オレは“空っぽのだるさ”。寝ても休んでも抜けねぇ、内側のスカスカを増やすのが得意でな……」
脾が膝をつく。
「このままじゃ……何も動かせない……」
その時――床の奥からドロドロと何かがせり上がってきた。
淡い光を放つ白い粘液が、ボイラーの歯車を包み込み始める。
「オレの出番だネバ!」
どこからともなく、筋肉質の声が響いた。
白く輝く体にネバネバしたオーラをまとった“ヤマイモーン”が現れる。
「気が逃げる? なら、オレがつなぎ止める! 粘りの盾、展開だネバ!」
彼が両手を地面に突き立てると、白い光の膜がボイラーを覆い、もやの侵入を防ぐ。
「ネバネバで……防御!?」
柚葉は思わず声を上げた。
虚虚丸は舌打ちした。
「ちっ、面倒くせぇネバ野郎が来やがった……!」
そこへ、オレンジ色の光が差し込む。
「へっへ〜ん、待たせたね! 太陽スマイル、照射〜☆」
陽気な声とともに現れたのは“パンプキーナ”。
黄色いマントを翻しながら、火の玉をぽんと放つ。
冷え切っていたボイラーがじんわり温まり、再び回り始めた。
「冷えたエンジンには、笑顔の火種を入れるキラ!」
パンプキーナがウィンクすると、暗かった工場に温かな光が灯る。
「ふわっ!? まぶしっ……! オレの眠気ゾーンが消えるぅぅ!」
虚虚丸は煙の体をよろめかせながら後退した。
「でも、まだ湿気がこもってます!」
静かな声が背後から響いた。
灰色の霧を払うように、銀色の稲穂を持った青年――“ハトムギン”が現れた。
「湿が残れば、また脾の歯車は止まります。風通し、確保するであります!」
ハトムギンが稲穂を振ると、機械の間を涼やかな風が通り抜ける。
重かった空気が軽くなり、ボイラーの回転が滑らかになる。
ヤマイモーンが笑った。
「ナイス連携だネバ! 湿も冷えも、もう怖くないネバ!」
しかし、虚虚丸はにやりと笑う。
「ふ〜ん……だが、根っこが乾いてんだろ? 上だけ元気にしても、また抜けるぜぇ?」
その瞬間、低く響く声が工場全体にこだました。
「根を支えるのは……俺の仕事だ。」
黒衣をまとった戦士、“ブラック・ゴーマン”が静かに歩み出た。
掌に黒い光を宿し、地面にそっと触れる。
すると、地下から柔らかな波動が広がり、機械の基盤に潤いが戻っていく。
「脾が立ち上がるには、根の力が要る。俺が陰を支える。」
その言葉に応えるように、ヤマイモーンが拳を握った。
「行くぞ! “粘”と“陽”と“潤”の連携だネバ!」
パンプキーナの火花、ハトムギンの風、ゴーマンの黒い波動が一斉に放たれる。
三色の光が発電炉に集まり、再び明るい炎が灯る。
「オレたちは“補気四重奏”! 気を立て直す、チーム・ネバエネだネバ!」
虚虚丸は煙の体をふらつかせながら叫んだ。
「ま、まぶしい……! 元気がうるせぇ……! だるさが……消える……ぅ!」
もやが霧散すると同時に、ボイラーが力強く稼働を始めた。
工場に光が戻り、温かな空気が柚葉の頬を撫でる。
脾が立ち上がり、にっこり微笑む。
「これで、食べたものを“気”に変えられる。だるさはもう、出ていかないよ。」
柚葉はほっと笑って呟いた。
「……私の体って、発電所だったんだね。エナドリより、粘りと笑顔の方が効くなんて。」
光が弾け、現実に戻る。
自分の部屋の机の上には、昨夜食べきれなかったかぼちゃの味噌汁が残っていた。
レンジで温めて一口飲む。優しい甘みと温かさが、冷えていた胃を包み込む。
「甘くてやさしい……。これが“気を養う味”ってやつかも。」
コートを羽織りながら、柚葉は小さく笑った。
外はまだ寒い月曜の朝。
でも、足取りは軽かった。
