第5話 乾燥で咳とか、私って砂漠のゼミ生?

柚葉はゼミ室の片隅で、必死に咳をこらえていた。
乾燥した冬の空気が喉にまとわりつき、息を吸うたびにカサカサと音が鳴りそうだ。

「けほっ……んんっ……」

声を殺しながら喉を押さえる。マスクの中で、喉の奥がひび割れるように痛む。

夕方のゼミ。教授の声は子守歌みたいに遠く聞こえるのに、自分の喉は砂漠みたいに乾いている。
小さく咳が漏れると、隣の席の子がちらりと視線を向ける。
その一瞬にすら耐えられなくて、柚葉は慌てて水のペットボトルを手に取った。

(やば……咳って体調不良アピールに見えるし、下手したら“移るやつ”って思われるかもしれない……!)
ただでさえ最近、体調管理にはみんな神経質だ。咳が移ると思われたら最悪だ。
だからといって、我慢すればするほど喉がイガイガして、胸にせり上がってくる。

「くっ……。あぁもう……笑っても咳、話しても咳……。これ、地獄の咳ループじゃん」

マスクの下で必死に耐える。涙目になりながら、柚葉は机に突っ伏した。
「……喉が砂漠みたい……」

心の中で呟いた瞬間、視界がぐにゃりと歪み、教室の景色が砂に崩れていった。

気づけば柚葉は、乾いた砂嵐が吹き荒れる荒野に立っていた。
地面はひび割れ、白い砂が風に舞い、喉のイガイガはさらにひどくなる。

中央に立つのは白衣をまとった肺。衣は裂け、声はかすれていた。
「……私は“肺”。本来なら呼吸を整え、全身に潤いを届ける役割がある。だが……乾燥と熱にやられて、声も出にくい」

肺は胸を押さえ、ゴホッと咳き込んだ。

その時だった。

「カッサカッサ〜〜!!!」

緑がかったボサボサ頭の燥邪が、風に乗って現れた。体は紙のようにひらひら、声はガサガサと耳障りだ。
燥邪は大口を開けて笑いながら、肺の衣を引き裂くように乾いた風を吹きつける。

「潤いなんか無駄だぷぅ〜! 乾かせ、乾かせ〜! 咳を止めさせねぇ!」

砂嵐が強まり、柚葉の肌までチクチク痛む。マスク越しに吸う空気はカサカサで、咳が込み上げる。

「やめて! これ以上乾かされたら……!」

肺は苦しげに言った。
「……潤いさえあれば……燥邪を追い払えるのに……」

しかし燥邪はますます勢いづき、砂を巻き上げながら嘲笑した。
「お前らの陰なんて、全部干からびてんだぷぅ〜! 砂漠で水探すより絶望的だぜぇ!」

脾は青白い顔でうつむき、声を震わせる。
「私の潤いも……吸い取られて……エネルギーを作れない……」

腎も膝をつき、かすれ声で答えた。
「貯めていた水も……ほとんど残っていない……」

肝は剣を抜くが、砂が絡みつき、刃は鈍く空を切るだけだ。
「乾燥で道が裂けて……巡らせない!」

肺は砂に膝をつき、肩を上下させながら必死に呼吸する。
そのたびに咳がこみ上げ、白衣はさらにひび割れていった。

柚葉は両手で喉を押さえ、必死に声を絞り出した。
「ちょっと待って……このままじゃ、みんな干からびて終わりじゃん!?」

燥邪は喉を鳴らして笑う。
「そうだ、そのまま砂漠になれ! 咳でボロボロに枯れちまえぇ〜!」

肺はかすれ声で呟いた。
「……水でも……潤いでも……ほんの少しでもあれば……」

柚葉はぐっと拳を握った。
「お願い……誰か、この砂漠にオアシスを……!」

その瞬間、空から瑞々しい光が降り注いだ。
甘く爽やかな香りが鼻をかすめる。

「……これ、梨?」

透明な果汁の雫が砂を潤し、乾いた地面にしみ込んでいく。
肺は震える声で微笑んだ。
「そうだ。梨は肺を潤し、喉の渇きを癒す。乾燥で荒れた私を守ってくれる」

続いて、もっちりした雲のような白い塊がふわっと舞い降りる。
「白きくらげ?」

脾が顔を上げ、少し笑った。
「そう。白きくらげは滋陰潤肺、そして私“脾”も助けてくれる。体を一緒に潤すんだ」

さらに、黄金色の滴が空から舞い落ちた。とろりと甘く、温かい光を放つ。
「これは……蜂蜜?」

肺は深く息を吸った。
「蜂蜜は肺を潤し、咳を抑える。乾いた喉を優しく覆ってくれる」

最後に、小さな白い種が舞い散る。杏仁だ。
「杏仁は咳を止め、痰を下げる。乾いた咳を抑えてくれる」

梨の雫が砂嵐を鎮め、白きくらげが乾いた大地を覆う。
蜂蜜が燥邪の体にべったりと絡みつき、杏仁の香りが風をしずめた。

「カッサ……ぬぅぅ!? 甘ったるい! ベタつく! 動け……ないぃ!」
燥邪は転げ回り、乾いた音を立てて粉々に崩れていった。

肺は深呼吸をして、声を取り戻す。
「……咳をするのは、乾燥で肺が悲鳴をあげていた証。今は潤いが戻った」

脾も頬に血色が戻り、腎は静かにうなずく。
肝は剣を収め、ため息をついた。
「巡りが戻れば、俺も暴れなくて済む」

柚葉は胸を押さえ、ほっと息をついた。
「なるほど……咳って、体内砂漠に外部クレーマーが乱入してたせいだったんだ」

ふっと景色が揺れ、柚葉は再びゼミ室の机に突っ伏していた。
喉の奥のイガイガは、さっきよりずっと軽い。

机の横のバッグから、小さなタッパーが見えた。
昨日の夜、友達が「おすそわけ」と渡してくれた梨のコンポートだ。

ゼミが終わり、柚葉は小さなスプーンで一口食べて、ほっと笑った。
「……甘くてしっとり。これ、喉にめっちゃ染みる……」

咳は完全には治っていない。けれど、「潤す」って感覚が少しだけ分かった気がする。

「よし……次の買い物リスト、梨と蜂蜜っと」

マスクを整え、柚葉はもう一度前を向いた。
外の風は冷たく乾いていたが、胸の奥はしっとりと温かさを取り戻していた。

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国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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