柚葉はこたつに足を突っ込みながら、顔だけ出してぐでーっとしていた。
冬の夜。外は氷点下近いはずなのに、室内は電気代節約のためにエアコンを切っている。唯一の希望は、赤く光るこたつだけ――のはずだった。
「……おかしい。足、全然あったまらないんだけど」
もぞもぞ動かしても、つま先が氷みたいに冷たい。
ふくらはぎから下は、こたつの中なのに冷蔵庫の中並みに冷え切っていた。
鏡を見ると顔色も青白い。バイト先では「ファンデの色合ってなくない?」と心配される始末。
「いやこれ、ファンデのせいじゃなくて私が“発光冷凍食品”なんだよ……」
苦笑しつつも、体はどんどんだるくなる。スーパーの半額弁当を温めて食べてみたが、半分残してしまった。
「私が弁当残すとか、バイト休むよりレア案件なんだけど……」
ため息をつき、布団に潜り込む。けれど布団の中まで冷えが入り込んで、手足はさらに冷たくなった。
その時だった。体の奥から「ぎぃぃ……」と古い冷蔵庫みたいな音が響いた気がした。
「え、今の音……私の内臓?」
目の前の天井がぐにゃりと揺れ、景色が雪原に変わっていく。
白い息を吐きながら、柚葉は立ち尽くした。辺り一面が凍りついていて、地面はバリバリとひび割れている。
その中央に、毛布にくるまって震える女性がいた。
「……脾?」
柚葉が声をかけると、女性――脾は力なく頷いた。
「ごめんなさい……。食べ物をエネルギーに変えたいのに……寒さで停電中なの……」
脾は胃袋のような器を抱えたまま、動けずにいる。
「停電って……。じゃあ、私のエネルギー供給止まってるってこと?」
すると、奥から青い光をまとった人物が現れた。長い髪が水のように揺れ、性別の分からない透き通る声で語りかけてくる。
「私は“腎”。本来なら体を温める火種を守る役割がある。でも……火が弱まってしまった。冷えとむくみが広がり、脾を助けられないんだ」
青い人――腎の声は震えていた。足元には小さな氷柱がいくつも立ち、そこから冷気が広がっている。
「ちょ、ちょっと待って。こたつONなのに内臓が冷凍庫って……。私、南極探検隊にでも採用された?」
柚葉は必死にツッコむが、体はどんどん冷えていく。
脾が力なく顔を上げる。
「私が弱れば、食べ物を力にできない。その分、腎にもエネルギーを送れなくなるの。だから腎の火も消えやすくなってしまう……」
腎も苦しげに頷く。
「そうだ……脾が作る力を受け取れなければ、俺は火種を守れない。二人が揃ってこそ、体を温められるんだ」
脾と腎が互いに支え合えず、共倒れになりかけている――五行のつながりが凍りついているのが見えた。
そこへ、剣を抜いた肝が現れた。
「巡りを良くしたいのに、通路が凍って動けない! このままじゃ気が滞る!」
氷に阻まれて苛立つ肝の剣がカンカンと音を立てる。
肺も現れ、眉を寄せた。
「肝よ、その苛立ちの根は脾と腎にある。二人が弱れば、気は巡らず、熱は頭にのぼり、寒さは内に居座る」
「ちょ、臓器間の人間関係こじれすぎ! 私の体内で内紛やめて!」
柚葉の声は、雪原に空しく響いた。
その時、空からふわりと温かな光が差し込んだ。
「……生姜?」
オレンジ色の小さな欠片が舞い降りる。鼻先をかすめた瞬間、ピリッとした香りが広がり、体の奥に熱がじんわり灯るように感じた。
腎が光を受け止める。
「これは陽気を助け、体を内側から温める。冷えを散らしてくれる食材だ」
続いて、青々とした葉と白い根が雪原に突き刺さった。
「これ……ネギ?」
脾が顔を上げ、少し笑った。
「そう。消化を助けて、胃腸を動かしてくれる。冷えを外へ追い出す力もあるの」
さらにニラが現れ、雪原を緑に染めていく。温かい風が吹き抜け、凍っていた通路が少しずつ解けていく。
柚葉は思わず手を叩いた。
「え、これ完全に食材ヒーローショーじゃん! こたつより頼れるとか反則でしょ!」
肝も剣を下ろし、苛立ちが収まっていく。
「……巡りが戻る。これなら剣を振るわなくていい」
腎は生姜の熱を胸に受け止め、火を大きくした。
脾はネギを抱きしめるように受け取り、器に力を取り戻していく。
「温められて、ようやく動ける……」
緑に染まる雪原を見ながら、肝も静かに頷いた。
「脾と腎が立ち直れば、俺の道も通る。これで気を巡らせられる」
臓器たちの表情に力が戻り、雪原は少しずつ春の兆しを取り戻していった。
気づけば柚葉はこたつの中で汗をかいていた。冷たい足先が、ほんのり温まっている。
「夢……だったのかな」
小さく笑いながら布団に潜り込む。
「内臓ブラック氷河期に食材ヒーローが参戦……。私の体、イベント盛りだくさんすぎでしょ」
体は完全に治ったわけじゃない。冷え性は一晩で解決するものではない。
けれど、体の中に少し火が戻った感覚があった。
「生姜最強説……。今度は鍋に入れてみよっかな」
そう呟いた直後、柚葉は安心したようにまぶたを閉じた。
吐息は白さを失い、柔らかな温かさを帯びていた。
