第57話 豚足

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豚足と甘い匂い

朝の仕込みの時間は、店がいちばん静かだ。
客の気配も、通りの足音もまだ遠い。
火を入れる音と、水の流れる音だけが、店の中をゆっくり満たしていく。

私はまな板の上で、生姜を細く刻んでいた。
その横では、つむぎさんが鍋を用意している。

「今日は、少し濃いめに出しておこうかしら」

「はい」

返事をしながら、私は鍋の中をのぞく。
下処理を終えた豚足が、静かに並んでいた。

骨の白。
皮のつや。
強く主張しないのに、存在感がある。

つむぎさんは、そこに切り分けた青パパイヤを入れた。
淡い緑色が、湯気の中でやわらかく揺れる。

「妹さんのところ、ですか?」

「ええ」

それだけだった。

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以前、つむぎさんの妹の話を少しだけ聞いたことがある。
出産後、母乳の出が安定しないこと。
体は元気そうでも、気血が足りていない感じがあること。

最初は、ピーナッツの粥を考えたらしい。
でも、妹さんにはアレルギーがあった。

子どもの頃は食べられていたのに、
ある時期から体が受けつけなくなったと聞いた。

「食べられるものは、変わるから」

つむぎさんは、そのときそう言った。

だから今、鍋の中にはピーナッツの代わりに
青パパイヤと豚足が入っている。

私は火加減を見ながら、ナツメを数粒手に取った。

「これ、入れますか?」

「ええ。少しだけ」

鍋の中に落とすと、赤い実がゆっくり沈んだ。

甘い匂いはまだしない。
ただ、ゆっくりと色が深まっていく。

——食べられる形にするには、時間がいる。

ふと、カウンターの端に置いたノートが目に入る。

つむぎさんのレシピ帳。
私が今、使わせてもらっているもの。

その中に挟まれている、
送り主不明の、あの切り取られたページ。

なぜ送られてきたのか。
誰が送ったのか。

本体は、この店にあった。

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送り主のことを、少しだけ考える。
この店を知っている人。
レシピ帳の存在を知っている人。
それ以上は、まだわからない。

でも、今はまだ、追いかける感じじゃない。

つむぎさんは、鍋のふたを少しずらし、湯気を逃がした。

「朝のうちに火を入れておくと、
 午後にはちょうどよくなるわ」

「はい」

それだけの会話だった。

鍋の中では、
豚足とパパイヤがゆっくり形を変えていく。
急がず、強めず、
ただ続いていく火の中で。

私はノートを開き、余白に書き足した。

——同じ材料でも、
 その人に合う形は変わる。

——食べられるかどうかは、
 体が決める。

ペンを置くと、
朝の光が少しだけ強くなっていた。

つむぎさんは何も言わず、
ただ鍋を見ている。

私も、何も聞かなかった。

聞こうと思えば聞ける。
でも、まだその時じゃない。

《喫茶つむぎ》の朝は、
今日も静かに始まっている。

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今日の薬膳ミニ知識

■ 豚足
・血と潤いを補い、回復期の体を支える食材
・産後や消耗が続いた後の養生に使われることが多い

■ 青パパイヤ
・消化を助け、栄養の吸収を支える
・乳の巡りを助け、通乳食として用いられることがある

■ ナツメ
・血を養い、体力の回復を助ける
・胃腸をいたわりながら栄養を届ける

■ 食材の変更について
・体質やアレルギーによって、同じ目的でも食材は変わる
・大切なのは「何を使うか」より「どう合わせるか」

→ 体に合う形は、一人ずつ違う。
 変えることは、間違いではなく調整です。

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この記事を書いた人

国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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