ルイボスと放課後のセレナーデ
放課後の《喫茶つむぎ》は、昼と夜のあいだの、少し輪郭のぼやけた時間だった。
窓の外にはまだ明るさが残り、店内には学生の気配がまばらに混じっている。
ベルが鳴って、ムーを小脇に抱えた由衣ちゃんが入ってきた。
「こんにちはー」
「いらっしゃい」
カウンターに腰を下ろすと、メニューも見ずに言う。
「今日はコーヒー、ブラックでお願いします」
その声に元気はある。
けれど、私は一瞬だけ手を止めた。
(……あれ)
目の下に、うっすら影。
顔色も、いつもより少し青みがかって見える。
「最近どう?」
ごく自然に聞くと、由衣ちゃんはムーを机に置き、少し肩をすくめた。
「勉強は順調なんですけど」
一拍置いて、続ける。
「お腹が張る感じがして。
ここ最近……おなら、ずっと我慢してて」
冗談めかしているけれど、膝が落ち着かず、小さく揺れている。
(考えすぎて、内側で滞ってる)
私はコーヒーカップを取る手を止め、向きを変えた。
「由衣ちゃん。
今日は、こっちにしない?」
差し出したのは、生姜と陳皮を少し入れたルイボスティー。
「ルイボス?」
「うん。刺激が少なくて、今の体には向いてると思う」
由衣ちゃんは一瞬考えてから、ぱっと顔を上げた。
「それって、不老長寿のやつですよね?」
「よく知ってるね」
「ムーに載ってました!
南アフリカの先住民が飲んでたって!」
話題が決まると、迷いはなかった。
「じゃあ、それで!」
カップに注がれたお茶から、やわらかな湯気が立ちのぼる。
生姜の温かい香りに、陳皮の柑橘の気配が重なる。
由衣ちゃんはムーを読みながら、黙って飲んでいる。
私は、さりげなく横顔を見る。
さっきより、顔色が少し落ち着いて見えた。
青みが、ほんのわずかに薄い。
(……今は、それでいい)
ムーをひとしきり読み終えると、由衣ちゃんは本を閉じた。
「今日はこのまま帰ります」
「晩ごはん、ちゃんと食べるので」
「それが一番」
立ち上がる前に、由衣ちゃんはふと思い出したように言った。
「なんか、放課後にラジオを聴いている気分」
「ラジオ?」
「うん。体の中を静かなメロディが流れている」
ベルが鳴り、少し高揚した由衣ちゃんは手を振って出ていった。
私はカウンターを拭きながら、静かに息を吐く。
同じ“気滞血瘀”でも、
すでに固まったものと、まだ浅いものでは、触れ方が違う。
今日は、料理を足さなくてもよかった。
流れを乱さない選択をしただけだ。
夕方の《喫茶つむぎ》には、
まだ音にならない変化だけが、静かに残っていた。
今日の薬膳ミニ知識
■ ルイボスティー
・刺激が少なく、気の巡りを妨げにくいお茶。
・ストレスや考えすぎで張りやすいお腹を、静かに支える。
・カフェインを含まないため、放課後や夕方にも向く。
■ 生姜
・冷えやすい内側をやさしく温め、巡りを助ける。
・少量使いで、滞りやすい気の動きを後押しする。
■ 陳皮(ちんぴ)
・柑橘の皮の香りで、胸やお腹の張りを和らげる。
・我慢や緊張が続いた時の“気の詰まり感”に向く。
→ 気滞血瘀の初期は、
強く動かすより「刺激を減らし、流れを乱さない」ことが大切。
飲み物ひとつでも、体は静かに反応を始めます。
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