さつまいもスープとレシピ帳
午後の《喫茶つむぎ》は、外の光がやわらかく差し込む時間帯だった。
カウンターに置いたレシピ帳を開き、私は指でページをなぞる。
——補う。
——巡らせる。
——出す。
最近、その三つを同時に考える場面が増えている。
どれか一つだけでは、足りない人もいる。
「こんにちは……」
濃紺のカーディガンに淡いストール。
白髪は短く整えられ、派手さはないけれど、
長くこの店に通っていることがわかる、落ち着いた佇まい。
控えめな声に顔を上げると、
背筋をすっと伸ばした品のある女性が、入り口に立っていた。
——小川和江さん。
常連のひとりだ。
「いらっしゃいませ」
席に案内すると、和江さんはバッグを膝に置き、少し迷ってから言った。
「今日は……温かいスープをいただけるかしら」
「はい。お体、冷えてますか?」
問いかけると、和江さんは小さく首を振った。
「冷え、というほどじゃないの。
ただ……最近、なんだか疲れやすくて。
食欲はあるのに、体が追いつかない感じがするのよ」
年齢の話は出ない。
けれど、その言葉の選び方から、
“言いたくない気持ち”が伝わってくる。
私はうなずくだけにして、先を促した。
「それと……ちょっと言いにくいんだけど」
声をひそめて、続ける。
「お腹の調子が、前よりゆっくりになってきて」
「……そうなんですね」
“便秘”という言葉を使わなかったことに、私はほっとした。
ここで必要なのは、診断じゃない。
「失礼ですが、最近お疲れが重なっていませんか?」
和江さんは、少し驚いたように目を瞬かせた。
「……ええ。
特別なことはしていないのに、
夕方になると、急に力が抜けてしまって」
(気虚、だな)
でも、その言葉を口にする必要はない。
「今日は、体を“元気にしながら、自然に流れを助ける”スープが合いそうです」
「そんなことができるの?」
半信半疑の笑顔。
私は、レシピ帳を閉じて答えた。
「はい。派手じゃないけど、頼れるスープです」
鍋に火をかけ、さつまいもを小さく切る。
鶏のだしに、玉ねぎを少し。
甘みが出るまで、急がずに。
「さつまいもって……子どものおやつみたいな印象だけど」
和江さんが、どこか照れたように言う。
私は、笑って首を振った。
「年齢に関係なく、
“疲れてる体”には、すごく向いてる食材なんです」
“年齢”という言葉を使っても、
主語を「体」にする。
和江さんは、その言い方に安心したようだった。
器に盛り、そっと差し出す。
「どうぞ。
さつまいもと鶏だしのスープです」
ひと口飲んだ瞬間、和江さんの表情がゆるむ。
「……あら」
小さく息を吐く。
「重くないのに、ちゃんと満たされるわ」
「さつまいもは、体のエネルギーを補いながら、
お腹の動きも助けてくれるんです」
説明は短く、それ以上踏み込まない。
和江さんは、スプーンを置いて言った。
「最近ね、
“年だから仕方ない”って言われることが増えて……
それが、ちょっと苦しくて」
私は、すぐに否定しなかった。
「……ここでは、
“今の体に合ってるかどうか”だけを見ています」
その言葉に、和江さんは静かにうなずいた。
「それなら、安心ね」
食べ終えた器を見つめながら、和江さんは言った。
「不思議ね。
すごく元気になった!ってわけじゃないのに……
ちゃんと前に戻った感じがする」
「それで十分だと思います」
無理に変えなくていい。
戻れる場所を思い出すだけでいい。
和江さんは立ち上がり、帰り際に言った。
「また、来てもいい?」
「もちろんです」
扉が閉まったあと、私はレシピ帳を開く。
——年齢ではなく、“消耗”を見る。
——補うことは、甘やかすことじゃない。
ページを閉じると、
スープの残り香が、店の奥にやさしく漂っていた。
今日の薬膳ミニ知識
■ さつまいも
・気を補い、疲れやすさをやさしく立て直す。
・腸を潤し、自然なお通じを助ける。
・甘みが強すぎず、体力が落ちた時にも向く。
■ 鶏だし
・消耗した体力を補い、回復を支える。
・胃腸にやさしく、無理なく吸収されやすい。
→ 「出す」前に「補う」。
力が足りない時の通じ方は、急がせないことが大切です。
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