八角と失敗の香り
朝の《喫茶つむぎ》は、まだ開店前の静けさに包まれていた。
窓の外では、雪解けの水が屋根の端を伝って、ぽたり、ぽたりと落ちている。
春の気配が漂い始めたとはいえ、風はまだ少し冷たい。
昨夜、つむぎさんが笑いながら話してくれた言葉が、耳に残っていた。
「このノートね、昔《つむぎ》を始めたころに使っていたの。
香りで人を癒やせる“薬膳スープ”を考えていたのよ。」
そのときの目は、少し遠くを見つめていた。
だから私は——その“香りのレシピ”を再現してみようと思った。
カウンターの上に、古びたレシピ帳をそっと開く。
ページの隅には、かすれた鉛筆書きでこう記されていた。
「八角(スターアニス) 温中・調和」
その下に、分量の指示らしき走り書き。
“ひとつまみ”“息が整うまで”“香りを聴け”。
どれも曖昧で、今の私にはまるで暗号のようだった。
「香りを……聴け?」
小さく呟きながら、私は棚から瓶を取り出す。
中には星型の八角。ほのかに甘い、しかし鋭い香りが立ちのぼる。
「八角、生姜、棗、鶏肉、長ねぎ……たぶん、これで合ってるはず」
紙に書き写した材料を並べ、深鍋に水を張る。
火を入れると、すぐに店内に甘くスパイシーな香りが広がった。
だが、味見をした瞬間、思わず顔をしかめた。
「……苦い。香りを信じすぎたのか、えぐみが舌に残る。」
カウンターの奥で、蓮がギターの弦をゆるめていた。
「音が重なりすぎてるな。」
「音……ですか?」
「八角はベースの音だ。前に出しすぎると、全体が濁る。」
まるで、彼には湯気の向こうの音が聴こえているようだった。
「なるほど……じゃあ、少なめにしてもう一度」
そう言って作り直すが、今度は薄すぎてぼやけた味になってしまう。
香りの強弱に惑わされ、バランスを見失っていた。
蓮はギターを軽く鳴らしながら、低くつぶやく。
「音も料理も、沈黙があって初めて響くんだよ。」
そこへ、つむぎさんが店に顔を出した。
「おはよう。いい匂いね——でも、ちょっと強いかしら?」
「はい、調和が難しくて……」
あんずが苦笑する。
つむぎさんは鍋の湯気を見つめながら、柔らかく言った。
「薬膳ってね、“足す”より“聴く”の。
体が何を求めているのか、季節が何を伝えているのか。
今日は、少し“休ませて”あげたい日なのかもしれないわ。」
その言葉に、私ははっとした。
“香りを聴け”とは、材料の声を聴くこと——そして、自分の体の声を聴くこと。
ちょうどそのとき、宅配の青年が店先に顔を出した。
「すごくいい匂いですね!でも、鼻がムズムズします……もう春ですねぇ。」
——春。
“気が上にのぼる季節”。
香りを強くしすぎれば、体の気も上に昇ってしまう。
香りの加減は、季節の声でもあるんだ。
私はもう一度鍋に向かった。
八角はほんの少しだけ。
かわりに陳皮を加え、香りの輪郭をやわらげる。
ゆっくりと火を通すと、今度は湯気がふんわりと丸く広がった。
蓮が弦をつまびきながら、微笑む。
「ようやく音が揃ったな。」
私は味見をして、静かに頷いた。
さっきまでの刺激的な香りが、今は優しく喉を通っていく。
体の奥から、じんわりと温かさが広がっていった。
「香りって、主役じゃなくて伴奏だったんですね。」
「そう。主旋律は、食べる人の体だよ。」
蓮の声が、ギターの音と溶け合うように響いた。
スープをカップに注ぎ、つむぎさんにも差し出す。
「いい香り。春の風みたいにやわらかいわね。」
私は笑いながら、レシピ帳の余白に小さく書き込んだ。
八角=温中・調和。香りは“伴奏”に。
春の薬膳は、上りすぎた気をなだめ、やさしく巡らせる。
春の光が差し込み、鍋の中のスープがゆるやかに揺れた。
その香りは、まるで音楽のように店内を巡っていた。
今日の薬膳ミニ知識
八角:香りが強く、ほんの少しで料理全体をまとめる役割。冷えや胃の重だるさに良く、寒い季節の料理に向く。
棗:疲れやストレスで眠りが浅い時、体と心を静かに整える。
生姜:冷えに働きかけ、巡りを良くして呼吸を軽くする。
陳皮(ちんぴ):柑橘の皮。気持ちが張りつめた時に香りがほどけ、肩の力が抜けるような働き。
→ 春は気が上へ向かいやすく、香りを強くすると心も落ち着かなくなることがある。
“香りは主役ではなく伴奏”——そんな使い方がちょうどいい。
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