百合根と眠れない教師
夜の《喫茶つむぎ》。
雨上がりの湿った空気がまだ残る街に、店内の柔らかな灯りがにじんでいた。
ベルが鳴り、和やかな雰囲気の中に少し張りつめた気配を纏って、一人の女性が入ってきた。
「……こんばんは」
静かな声であいさつしたのは、教師をしている藤沢佳奈さん。
カウンターに腰を下ろすと、ホットココアを注文してから、手の温もりを確かめるように、カップを両手で包みながら、しばらく黙って窓の外を見ていた。
「佳奈さん、ずいぶんお疲れのようですね」
店長のつむぎさんが声をかけると、佳奈さんは小さく微笑んだ。
「ええ……。授業や保護者対応、行事の準備に加えて受験生の進路指導。子どもたちの前では元気でいなきゃと思うんですけど、夜になると眠れなくて。布団に入っても頭の中で授業や生徒のことを考えてしまって……」
声はかすかに震え、表情は落ち着いていても、心の重荷がにじみ出ていた。
私は静かに頷きながら言葉を添えた。
「それは、“心陰虚”と呼ばれる状態かもしれません。心を潤す力が不足すると、気持ちが落ち着かず、眠りも浅くなるんです」
つむぎさんは微笑みながら、
「今日のおすすめは、百合根と白きくらげを合わせた温かいデザートです。心を落ち着け、体の潤いを補ってくれるんですよ」
佳奈さんは驚いたように目を瞬かせた。
「百合根……? 茶碗蒸しにいれたりするあれ?」
「そう。ホクホクして、優しい味わいですよ。百合根には“安神(あんじん)”といって、心を静めて安らかな眠りを助ける働きがあるんです。教師として頑張っている佳奈さんの張りつめた気持ちを、少し和らげてくれると思います」
やがて運ばれてきた器には、やわらかな甘みのシロップに白きくらげの透きとおる姿と、ふっくら煮含められた百合根が寄り添っていた。
ひと口食べた佳奈さんは、ふっと目を閉じて息を吐く。
「……甘さがやさしい。胸の奥に広がっていく感じがします」
「佳奈さん」
つむぎさんが柔らかく声をかける。
「先生が抱えている思いは、誰にも見えないものだからこそ重くなるんです。食事のひとときくらいは、心に余白を持ってあげてくださいね」
佳奈さんは微笑んだ。
「……ありがとうございます。子どもたちのことを思うあまり、自分を追い込んでいました。でも、少し気持ちを緩めることも必要ですね」
雨上がりの街に、再び静かな夜が戻っていた。
百合根のやさしい余韻が、佳奈さんの心に小さな安らぎをもたらしていた。
今日の薬膳ミニ知識
百合根:心を落ち着け、不眠や咳を改善する。潤いを与え、精神的な疲労に効果的。
白きくらげ:肺を潤し、美肌にも良い。乾燥や熱のこもりを和らげる。
心陰虚:心の潤いが不足し、動悸、不眠、落ち着かない気持ちなどを引き起こす状態。
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