黒胡麻プリンと映る影
午後の《喫茶つむぎ》。
カウンターには黒胡麻プリンが並んでいた。
表面に黒蜜をとろりと垂らすと、香ばしい胡麻の香りがふわりと漂う。
ベルが鳴り、真理子さんが明るい声で入ってきた。
「こんにちは！ 今日も元気にしてる？」
いつもと変わらぬ調子に見えたが、その笑顔の奥にほんのわずかな陰りを私は感じ取った。
真理子さんは席に着くと、ふとカウンター横の鏡をのぞき込み、小さく首を傾げた。
ほんの一瞬の仕草だったが、普段の快活さからは想像できない翳りがそこにあった。
私は思わず声をかけた。
「真理子さん、今日は少し雰囲気が違いますね。何かあったんですか？」
真理子さんは取り繕うように笑ったが、やがて視線を鏡に戻した。
「……鏡に映る自分が、なんだか老け込んで見えてね。
そう思ったら、気力まで抜けてしまってるの」
＊
私は黒胡麻プリンを小皿に盛って差し出した。
「今日のおすすめです。黒胡麻は血の巡りをよくして、髪や肌を潤してくれます。
気持ちがしぼんでいるときも、ゆっくり力を戻してくれるんですよ」
真理子さんはスプーンを入れ、一口含んで驚いたように微笑んだ。
「……香ばしいのに重くない。すっと体に染みるわ」
そのとき、奥の席でギターを爪弾いていた蓮が顔を上げた。
「老けて見えるのは、あんたじゃなくて照明のせいさ」
「照明？」
「ほら、この鏡の上のランプ。角度が下向きで影が濃く落ちるんだ。
本当の顔より疲れて見えるだけ」
そう言うと、蓮はひょいと立ち上がり、ランプの角度を直した。
鏡をのぞいた真理子さんは、思わず目を見開いた。
「……ほんとだ。影がやわらぐだけで、印象が全然違う」
私はうなずいた。
「黒胡麻が体の影を払ってくれるように、照明の影は蓮さんが消してくれたんですね」
真理子さんはふっと肩の力を抜き、柔らかな笑みを見せた。
「やる気が出ないって口にしたら、少し楽になったわ。
元気なふりをしなくても、ここに来れば安心できるのね」
＊
扉を出ていく後ろ姿は、来たときよりずっと軽やかだった。
私は残りの黒胡麻プリンを見つめてつぶやいた。
「薬膳は体を癒すだけじゃない。元気の影に隠れた本音も、そっと照らしてくれるんですね」
蓮はギターを鳴らし、飄々と笑った。
「影があるから光が映える。……人も同じさ」
窓の外では、秋の陽射しがやわらかく街を照らしていた。
今日の薬膳ミニ知識
・黒胡麻：肝腎を補い、血を養って髪や肌を潤す。
・抗酸化作用で老化防止や美肌効果も。
・「元気が出ない」時にも少しずつ体を立て直す助けとなる。
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