銀杏とほどほどの知恵
秋の夜、《喫茶つむぎ》のカウンターに炒った銀杏の香りが広がっていた。
殻を割れば、翡翠色の実がつややかに顔を出す。
「今日のおすすめは炒り銀杏です。冷えを和らげ、疲れを癒してくれますよ」
私は小皿に五粒ほど盛りつけて、カウンターに並べた。
ベルが鳴り、常連の石田さんがやって来た。
「おっ、銀杏かぁ。秋だねえ」
にこにこと椅子に腰を下ろし、出された小皿を受け取る。
最初は楽しそうに殻を割っていたが、しばらくすると顔色が曇っていった。
「……あれ? 胃が重いな。ちょっと気持ち悪いし、手もしびれるような……」
私は慌てて水を差し出した。
「石田さん、熱はありますか?」
「いや……ないと思う」
「下痢や強い腹痛は?」
「それもない。ただ、吐き気と重い感じだけだな」
私は首を傾げた。
「お出ししたのは五粒だけですから、これで体調を崩すことは普通ありません。
ここに来るまでに、何か召し上がりました?」
石田さんは一瞬考え込み、はっとしたように目を見開いた。
「……そういえば。会社でもらった“おつまみ銀杏”があってさ。
袋を開けたら止まらなくなって、電車の中からずっと食べてたんだ。
二十粒以上は食べたかもしれない」
私はうなずき、表情を引き締めた。
「それですね。銀杏は滋養がありますが、食べすぎると危険なんです。
銀杏に含まれる“ギンコトキシン”という成分は、ビタミンB6の働きを妨げます。
多量に食べると吐き気やしびれ、痙攣、呼吸が苦しくなることもあります。
症状が強くなるようなら、すぐに病院へ行ってください。食べたことを医師に伝えると安心です」
石田さんは顔を青くし、やがて小さく苦笑した。
「体にいいって聞いたから、たくさん食べればもっと元気になると思ったんだが……逆に毒になるとはな」
私は残りの銀杏を見ながら微笑んだ。
「薬膳は“適量”だからこそ薬になるんです。
少しの銀杏なら血行をよくして体を温めてくれる。
でも過ぎれば毒。人の心も同じで、詰め込みすぎると苦しくなります。
ほんの少しの余白を残すくらいが、ちょうどいいんですよ」
*
帰り際、石田さんは肩を回しながら立ち上がった。
「今日はいい勉強になったよ。“ほどほど”って大事なんだな」
扉が閉まったあと、まだ香ばしい匂いが漂っていた。
私はふとつぶやいた。
「薬膳は体を整えるだけじゃない。生き方の知恵も教えてくれるんですね」
つむぎさんはやさしく頷いた。
「そう。知って食べること、ほどほどに楽しむこと……それが長く元気でいる秘訣よ」
窓の外では、銀杏の黄色い葉が秋風に舞っていた。
今日の薬膳ミニ知識
・銀杏:疲労回復、冷え改善、血行促進。呼吸器の働きを整える。
ただし食べすぎると危険。ギンコトキシンがビタミンB6を阻害し、中毒症状(吐き気・しびれ・痙攣など)を起こす。
・子どもは特に注意が必要。
・1日5〜10粒程度が目安。薬も過ぎれば毒――薬膳は「適量」でこそ力を発揮する。
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