小豆粥と消えた紙片
昼下がりの《喫茶つむぎ》。
外は雨がしとしとと降り続き、湿気が店の中までじんわりと入り込んでいた。
私は厨房で小豆を煮ていた。
ふっくらとした粒が踊り、湯気と一緒に甘い香りが立ちのぼる。
「小豆って、見てるだけでも元気が出そうだな」
そんなことを思いながら鍋を見守っていると、扉のベルが鳴った。
入ってきたのは、会社員風の女性――北村陽菜さん。
足元を気にするように歩き、カウンター席に腰を下ろすと、足首をそっとさすっていた。
「最近、足がむくんでしまって……雨の日は特にひどいんです」
困ったような表情に、店長のつむぎさんが柔らかく声をかける。
「でしたら、小豆粥をお試しください。小豆には利尿作用があって、体の余分な水分を流してくれるんですよ」
私は先ほどの小豆を器に盛りつけ、湯気とともに差し出した。
「どうぞ。体がじんわり軽くなるはずです」
陽菜さんはレンゲを口に運び、ふっと息を吐いた。
「……やさしい味。心まで落ち着きますね」
*
ふと、テーブルに置かれた猫カフェのチラシが目に入った。
雨でにじんだ跡があり、走り書きされた文字の一部が読めなくなっている。
「それ……?」
私が尋ねると、陽菜さんは頬を赤くして、ぽつりと答えた。
「飲み会の帰りに……。猫の話で盛り上がった人がいて……。
連絡先を交換するのは気恥ずかしかったみたいで、猫カフェのチラシに時間だけ書いて渡してくれたんです。
でも……雨に濡れて、15時か16時か、分からなくなっちゃって」
私は思わず声を弾ませた。
「もしかして、それって……デートのお誘い?」
陽菜さんは恥ずかしそうにうつむいた。
「私も気になってるから……本当は行きたいんです。
でも、時間を間違えてすれ違ったらどうしようって」
*
そのとき、いつの間にかカウンターの端にいた蓮が、ひょいとチラシを手に取った。
濡れた紙を少し傾け、光に透かすように見つめる。
「……筆圧の跡が残ってるな。これは“15時”だな」
陽菜さんの目が見開かれる。
「え……そんなことまで分かるんですか?」
蓮は肩をすくめ、飄々と笑った。
「まあ、ちょっとした観察力だよ。雨の日の推理ゲームみたいなもんだ」
時計は14時50分を指していた。
窓の外、猫カフェの前に傘を閉じた若い男性が立っているのが見える。
陽菜さんは息をのんだ。
「……行ってみます」
小豆粥の器をきちんと戻すと、傘を手に駆け出していった。
*
残された器から、小豆の甘い香りがまだ漂っていた。
私は蓮に声をかける。
「オーナーって……やっぱりただ者じゃないですね」
蓮はコーヒーを口にし、目を細める。
「ただの偶然さ。けど、偶然が背中を押すこともあるだろ」
雨音の中に、その言葉がやさしく溶けていった。
【今日の薬膳ミニ知識】
・小豆:利尿作用があり、余分な水分や老廃物を排出。
・むくみや湿気による体のだるさ、雨の日の不調に効果的。
・小豆粥は消化がよく、胃腸を整えながら体を温める。
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