第5話 金針菜

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金針菜と母の休息

昼前の《喫茶つむぎ》。
窓から差し込む光は白く強く、外に出たら一瞬で夏バテしてしまいそうな日差しだった。
私はカウンターに水差しを置き、額の汗をぬぐった。
「今日も暑いなぁ……」
冷たいおしぼりを準備しながら、ふと扉のベルが鳴った。

ベビーカーを押して入ってきたのは、常連の沙織さんだった。
「こんにちは。今日はテイクアウトでお願いできますか? 家事の合間に、ちょっとでも休みたくて……」

ベビーカーの中では陽翔(はると)がぐずり出し、小さな泣き声が店内に響いた。
沙織さんの顔には疲れの色が濃い。

つむぎさんがそっと声をかけた。
「沙織さん、今日はここで召し上がっていきませんか? 奥の小部屋なら陽翔くんも安心ですし、私が見ていましょう」

「でも、ご迷惑じゃ……」
「大丈夫。少しの間でも休めると違いますから」

沙織さんはためらったあと、ほっとしたようにうなずいた。

席に案内しながら、私は声を落として尋ねた。
「眠れていますか?」
沙織さんはかすかに笑って首を振った。
「夜は陽翔が泣くし、昼は家事……。寝不足で母乳も出にくくなって。もともと貧血気味だから、余計に体が重くて」

私は少し考えてから、にっこりした。
「それなら金針菜を使ったお料理をどうぞ。血を補って、不眠や母乳の出に悩むときに助けてくれるんです」

「金針菜……聞いたことあるけど、食べたことはないかも」

しばらくして運んだのは、金針菜と蒸し鶏を合わせたワンプレートランチ。
黄金色と緑の鮮やかさが食欲をそそり、湯気と一緒に優しい香りが立ちのぼる。

「わぁ……きれい」
沙織さんはひと口食べ、目を見開いた。
「シャキシャキしてて、おいしい……。体がすっと楽になる感じ」

私はうなずいて説明した。
「金針菜は“忘憂草”とも呼ばれていて、血を補って心も落ち着けてくれるんです。産後には特にいいんですよ」

沙織さんは器を抱えるようにして食べ進め、表情がだんだん柔らかくなっていった。

食事を終え、陽翔を抱き上げながら沙織さんは言った。
「今日は、少し自分の時間を持てた気がします。本当にありがとうございます」

「また疲れたときは、ここで休んでくださいね」
そう声をかけると、沙織さんは小さく笑い、足取りも軽く帰っていった。

外は相変わらず強い日差しだったけれど、その背中は晴れやかに見えた。

【今日の薬膳ミニ知識】

・金針菜(きんしんさい):ユリ科の花のつぼみ。「忘憂草」とも呼ばれる。
・血を補い、不眠や貧血を改善。母乳の分泌を助ける働きがある。
・産後の疲労回復やストレス緩和にぴったり。

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国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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