羊肉スープと栗のモンブラン
昼下がりの《喫茶つむぎ》。
外は粉雪が舞い、ガラス越しに白い光がちらちらと揺れていた。
カウンターでは、あんずが湯気の立つ鍋を見守っている。
扉のベルが鳴り、白髪にハットをかぶった男性が入ってきた。
穏やかな笑みを浮かべたその男性——田島さんは、常連客の一人だ。
その隣には、小さな女の子がぴったり寄り添っている。
「こんにちは。二人です」
テーブル席に腰を下ろすと、田島さんはふうと息をついた。
女の子がきょろきょろ見回して、「おじいちゃん、栗のケーキが食べたい」と目を輝かせる。
「モンブランがいいな！」
田島さんは苦笑して頷いた。
「わかったよ。モンブランをひとつと……ホットティーをください」
あんずが注文を受けながら、そっと田島さんの顔色を見た。
指先は白く、頬も青ざめている。
「冷えませんか？」と尋ねると、
田島さんは少し困ったように笑った。
「このところ、どうも体が温まらなくてね。
ストーブの前にいても手足が冷たい。……昔のように動けんのです」
あんずは静かに頷いた。
「体の“火”が弱っているのかもしれませんね。
よければ、体を芯から温めるスープを作りましょうか？」
「それは助かります。孫も甘いものが好きでね、つい付き合ってしまうんです」
やわらかい笑みの奥に、少しの疲れがにじんでいた。
鍋に羊肉を入れ、じっくりと火を通す。
生姜と葱の香りが立ちのぼり、棗と枸杞の赤が湯の中にほのかに滲む。
桂皮をひとかけ入れると、ほの甘く温かな香りが広がった。
カウンターから覗きこむ女の子が首をかしげる。
「いい匂い……おじいちゃん、スープもあまい匂いがするね」
あんずは笑って答えた。
「これは羊肉のスープ。体を温めて、元気をつくる“薬膳の火”なんですよ」
湯気をまとった器をテーブルに置くと、
黄金色のスープに紅い枸杞が浮かんでいた。
田島さんはレンゲを口に運び、ゆっくりと目を閉じた。
「……やさしい味だ。体の奥に火がともったようだ」
頬に、うっすらと血色が戻っていく。
その横で、女の子のモンブランが運ばれてきた。
淡い栗色のクリームがふわりと輝き、香りがほんのりと甘い。
田島さんはスープを飲みながら、ふとその香りに気づいた。
「……栗の香り、羊のスープとよく合うな」
あんずは微笑んでうなずいた。
「実は、栗も羊肉と同じ“腎を補う”食材なんです。
体を温めて、気力を養ってくれますよ。
お孫さんが、無意識にぴったりのものを選ばれたみたいですね」
女の子は目を丸くして、うれしそうに笑った。
「わたし、やっぱり“おじいちゃんのためのケーキ”だったんだ！」
食事を終えるころ、窓の外の雪は少しずつ弱まり、やわらかな光が差し込んでいた。
女の子は小さな袋を取り出し、もじもじと手元を見つめている。
「どうしたの？」とあんずが尋ねると、
「……これ、おじいちゃんにあげようと思って……でも、編み目がガタガタで」
つむぎさんがやさしく微笑んだ。
「手作りの温もりほど、あたたかいものはないですよ」
女の子はうなずき、勇気を出して手袋を渡した。
「おじいちゃん、これ……！」
田島さんは驚き、そっと手に取る。
「おお……お前が編んだのか。少し大きいけど、ぬくもりはぴったりだ」
そう言って、手袋の上から孫の手を包み込む。
「ありがとう。……これで、もう冷たくならない気がするよ」
あんずはその様子を見つめながら、
「体を温める火と、心を温める火。
どちらも、渡すことで強くなるんですね」とつぶやいた。
つむぎさんがうなずき、
「そうね。優しさも、温もりも循環していくのよ」と微笑んだ。
今日の薬膳ミニ知識
・羊肉：体を芯から温め、血の巡りをよくする。冷え性や疲労、腰のだるさに効果的。
・栗（くり）：腎を補い、足腰を強くする。冷えや体力低下に。
・棗（なつめ）：気と血を補い、心を落ち着かせる。ストレスや不眠の緩和にも。
・枸杞の実（クコの実）：肝と腎を養い、目の疲れや乾燥を防ぐ。美容にも◎。
→ 「腎陽虚」の冷えには、温かさと滋養を与える食材の組み合わせが大切。
体の火と、心の火——どちらもやさしく灯していきましょう。
 | 価格:3880円～ |
 | 価格:3980円 |
