金針菜と母の休息
昼前の《喫茶つむぎ》。
窓から差し込む光は白く強く、外に出たら一瞬で夏バテしてしまいそうな日差しだった。
私はカウンターに水差しを置き、額の汗をぬぐった。
「今日も暑いなぁ……」
冷たいおしぼりを準備しながら、ふと扉のベルが鳴った。
ベビーカーを押して入ってきたのは、常連の沙織さんだった。
「こんにちは。今日はテイクアウトでお願いできますか? 家事の合間に、ちょっとでも休みたくて……」
ベビーカーの中では陽翔(はると)がぐずり出し、小さな泣き声が店内に響いた。
沙織さんの顔には疲れの色が濃い。
つむぎさんがそっと声をかけた。
「沙織さん、今日はここで召し上がっていきませんか? 奥の小部屋なら陽翔くんも安心ですし、私が見ていましょう」
「でも、ご迷惑じゃ……」
「大丈夫。少しの間でも休めると違いますから」
沙織さんはためらったあと、ほっとしたようにうなずいた。
*
席に案内しながら、私は声を落として尋ねた。
「眠れていますか?」
沙織さんはかすかに笑って首を振った。
「夜は陽翔が泣くし、昼は家事……。寝不足で母乳も出にくくなって。もともと貧血気味だから、余計に体が重くて」
私は少し考えてから、にっこりした。
「それなら金針菜を使ったお料理をどうぞ。血を補って、不眠や母乳の出に悩むときに助けてくれるんです」
「金針菜……聞いたことあるけど、食べたことはないかも」
*
しばらくして運んだのは、金針菜と蒸し鶏を合わせたワンプレートランチ。
黄金色と緑の鮮やかさが食欲をそそり、湯気と一緒に優しい香りが立ちのぼる。
「わぁ……きれい」
沙織さんはひと口食べ、目を見開いた。
「シャキシャキしてて、おいしい……。体がすっと楽になる感じ」
私はうなずいて説明した。
「金針菜は“忘憂草”とも呼ばれていて、血を補って心も落ち着けてくれるんです。産後には特にいいんですよ」
沙織さんは器を抱えるようにして食べ進め、表情がだんだん柔らかくなっていった。
*
食事を終え、陽翔を抱き上げながら沙織さんは言った。
「今日は、少し自分の時間を持てた気がします。本当にありがとうございます」
「また疲れたときは、ここで休んでくださいね」
そう声をかけると、沙織さんは小さく笑い、足取りも軽く帰っていった。
外は相変わらず強い日差しだったけれど、その背中は晴れやかに見えた。
【今日の薬膳ミニ知識】
・金針菜(きんしんさい):ユリ科の花のつぼみ。「忘憂草」とも呼ばれる。
・血を補い、不眠や貧血を改善。母乳の分泌を助ける働きがある。
・産後の疲労回復やストレス緩和にぴったり。
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