枸杞の赤い涙
午後の《喫茶つむぎ》。
窓際の席に、スーツ姿のサラリーマンが座っていた。
目の周りに手を当て、時折小さくため息をついている。
「お疲れのようですね」
私は声をかけ、メニューをそっと開いた。
「今日のおすすめは、パンナコッタのクコの実ソース掛けです。クコの実は“赤い宝石”と呼ばれるほど体にいいんですよ。目の疲れにもぴったりです」
サラリーマンは興味深そうに顔を上げた。
「クコの実……赤いやつですよね? 見た目もきれいだし、頼んでみます」
*
やがて、白い器が運ばれてきた。
真っ白でなめらかなパンナコッタの上に、とろりと鮮やかな赤いソースがかかっている。
小さな果実が散らされ、光を受けて宝石のようにきらめいた。
彼はスプーンを手に取ったが、ふと力が抜けたのか、カランと音を立てて落としてしまった。
すくったばかりの赤い汁が跳ね、頬にしずくのように伝う。
「あっ……すみません!」
慌てる彼に、私はおしぼりを差し出した。
「大丈夫ですよ。……ほら、鏡を見てください」
窓ガラスに映る顔を見て、彼は苦笑する。
「……まるで赤い涙だな」
*
彼はぽつぽつと話しはじめた。
「仕事では失敗続きで……この間、彼女にもフラれて。何をやっても裏目に出るんです」
私は首を振った。
「でも、その赤いしずくは“涙”じゃありません。宝石なんです」
クコの実のソースを指さしながら言葉を続ける。
「クコの実は血を補い、体を元気づける果実。疲れた目や心を支えてくれるんですよ」
つむぎさんもやわらかく微笑む。
「それに、“クコ”の花言葉には『誠実』や『お互いに忘れよう』っていう意味もあるんです。過去を水に流して、新しく始める力をくれるんですよ」
サラリーマンは目を瞬かせ、そして静かにうなずいた。
「……忘れることも、前に進むことなんですね」
*
彼は器を両手で包み、ゆっくりとパンナコッタを口に運んだ。
「……甘酸っぱくて、なんだか胸にしみます」
外の光が赤いソースに反射して、小さな宝石のようにきらめいていた。
【今日の薬膳ミニ知識】
・クコの実(枸杞子):目の疲れをやわらげ、血を補い、体力回復を助ける。
・「赤い宝石」と呼ばれ、滋養強壮・アンチエイジングにも用いられる。
・花言葉は「誠実」「お互いに忘れよう」「過去を水に流す」。
・眼精疲労や心身の疲れを感じるときにぴったり。
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