消えた棗の秘密
《喫茶つむぎ》には、少し不思議な雰囲気がある。
木の棚やアンティークのランプに混じって、場違いなようでいて妙に似合う大きな等身大の鏡。
あれはオーナーの蓮が「おしゃれなオブジェ」として置いたものだ。
気まぐれで場所を動かすから、常連の間でも「また位置が変わってる」と小さな話題になっていた。
その日の午後。
蓮は民族楽器風の3弦ギターを抱え、ゆったりとカフェミュージックを奏でていた。
「誰かから貰ったんだ」と本人は飄々と笑って言うが、曲の響きには不思議な温かみがある。
演奏を聴きながら、窓際では若い女性客がスケッチブックを開いて物思いにふけり、
カウンターでは常連たちが静かに会話を交わしている。
音楽に溶けるように、店は穏やかに流れていた。
*
「すみません……少し、ふらついてしまって」
声をかけてきたのは、その日初めて来店した女性客。
顔色が薄く、立ち上がると手元が危うい。
店長のつむぎさんがすぐに声をかける。
「大丈夫? 貧血気味かしら」
私は棗のハチミツ煮を小鉢に盛りつけて差し出した。
「こちらをどうぞ。棗は血を補って体を温めてくれます」
女性はおそるおそる口に運び、ほっとしたように微笑んだ。
「……甘くてやさしい味ですね」
棗は薬膳で「補血」の代表。疲れや貧血でふらつくときにぴったりだ。
*
小鉢を見ながら私は考え込んだ。
「もう少し棗のハチミツ煮を作っておこうかな」
残りはわずか。仕込み用に置いてあるはずの袋を探しに行ったが――どこにもない。
「おかしいな、ここに置いたはずなのに」
私は棚の前で首を傾げた。
*
そのとき、ふらついた女性客が支えを求めて鏡の縁に手をついた。
鏡がわずかに揺れ、後ろに隠れていた紙袋が姿を現す。
「……あ、あった!」
鏡を移動させた拍子に、棗の袋が死角に隠れてしまっていたのだ。
私は胸を撫でおろした。
「よかった。誰かが持ち出したんじゃなくて」
蓮はギターの音を止め、肩をすくめて笑った。
「消えたと思ったら、鏡の裏か。
まるでマジックだな。推理小説の小道具にでもなりそうだ」
私は思わず吹き出した。
心臓が早鐘を打つような緊張から、ほんの少し解放された気がした。
つむぎさんが棗の袋を受け取り、落ち着いた声でまとめる。
「薬膳はね、驚かすためじゃなく、支えるためのものよ。
今日もきちんと仕込んでおきましょうね」
*
棗の甘い香りが再び店内に満ちる。
音楽と薬膳が重なり合って、《喫茶つむぎ》には不思議な安らぎが広がっていた。
【今日の薬膳ミニ知識】
・棗(なつめ):中医学では「補血」の代表。血を補い、心身を落ち着ける。
・特に女性の貧血や疲労、冷えに用いられる。
・棗のハチミツ煮は甘みが強く、胃腸にやさしい。
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棗のハチミツ煮簡単レシピ
材料(作りやすい分量)
棗(なつめ・乾燥)… 10~15粒
ハチミツ … 大さじ3〜4
水 … 150ml
作り方
棗の下ごしらえ
乾燥棗を軽く洗い、包丁で切り込みを入れる(または半分に割ると煮汁がしみ込みやすい)。
煮る
小鍋に水と棗を入れ、弱火で10分ほどコトコト煮る。
→ 棗がふっくら柔らかくなればOK。
ハチミツを加える
火を止めてから蜂蜜を加え、余熱でなじませる。
(蜂蜜は熱に弱いので、火を止めてから加えるのが薬効を活かすポイント✨)
保存
粗熱がとれたら清潔な保存容器に入れ、冷蔵庫で保存。2〜3日で食べ切る。
アレンジ
棗ハチミツ茶:煮た棗とシロップをそのままカップに入れ、熱湯を注いでお茶として。
デザート風:ヨーグルトやアイスにトッピング。
薬膳粥に:お粥に加えて、朝食の養生食に。