ハスの実と水面の記憶
朝の《喫茶つむぎ》は、まだ人の少ない時間だった。
通りの音もまばらで、店の中には湯気と包丁の音だけがある。
私は、炊きあがったごはんの鍋を開けた。
湯気の中に、白い粒がいくつも混じっている。
ハスの実。
つむぎさんが、朝いちばんに持ってきてくれた。
乾燥したものを一晩水に浸し、芯を取り、やわらかく戻したものだ。
ほぐしたごはんに混ぜ、軽く塩をする。
蓮の葉で包んで蒸し直すと、やさしい香りが立ち上がった。
「いい匂いですね」
振り返ると、大人みたいな子供みたいな、年齢不詳の男性が一人、カウンターの前に立っていた。
腹ペコの子供みたいな顔をしている。
「おはようございます。
モーニング、やってますか?」
「はい。どうぞ」
席に着いたその人は、カウンターの上を見て、少し首をかしげた。
「……それ、なんですか?」
私は、蒸しあがったおにぎりを指さす。
「ハスの実を入れたおにぎりです」
「ハスの実?」
聞き慣れない言葉に、少し興味が動いたようだった。
「朝の胃腸をやさしく整えてくれる実なんです。
気持ちも少し落ち着きますよ」
味噌汁と一緒に出すと、
白い粒がごはんの中にやわらかく混じっているのが見える。
おにぎりから一粒取り出す。
「レンコンは知ってるけど、
実って初めて見ました」
「乾燥したものが多いので、
あまり見かけないですよね」
客は、少し笑った。
「同じ植物なんですよね」
「はい。花も、地下のレンコンも、
ぜんぶ同じ“ハス”です」
一口食べる。
少しだけ、黙る。
「ほっくりして、やわらかい甘味がありますね」
それだけ言って、もう一口。
「美味しい。朝から癒されます」
「それは良かった」
客はおにぎりを食べながら、ふと思い出したように言った。
「ハスって、スイレンに似てますよね」
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私は少しだけ笑う。
「似てますね。
でも、見分け方は意外と簡単なんですよ」
「え、そうなんですか」
「葉っぱを見ると早いです。
ハスは丸くて切れ込みがなくて、水を弾く葉。
水面から立ち上がる“立ち葉”もあります」
私は手で丸を描く。
「スイレンは、葉に切れ込みがあって、
水の上に浮かんだままなんです」
「へえ」
客は味噌汁をひと口飲む。
「花の位置も違います。
ハスは水面より上にすっと伸びて咲くけど、
スイレンは水に浮かぶように咲く」
「なるほど……」
「あと、花が終わると
ハスは中央の台みたいな部分が残るんです。
レンコンになる元のところ」
客は少し楽しそうに笑った。
「同じ池にあっても、
ちゃんと違うんですね」
そのとき、コーヒーを淹れていた蓮が、
カウンターの奥でひとことだけ言った。
「……似てるだけで、
違うってこともある」
それだけだった。
客は軽くうなずき、
それ以上は聞かなかった。
食べ終えたあと、味噌汁の椀を置く。
「こういう朝、いいですね」
「また、どうぞ」
会計を済ませて出ていく背中を見送りながら、
私は鍋の火を止める。
蒸し上がったおにぎりの色が、
ちょうどいいところで落ち着いている。
ふと、カウンターの端に置いたノートが目に入った。
つむぎさんのレシピ帳。
そこに挟まれていた、
送り主不明の、あの切り取られたページ。
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誰が送ったのか。
なぜ届いたのか。
本体は、なぜここにあったのか。
聞こうと思えば、聞ける。
でも、今はまだ、
答えを急ぐ感じじゃない。
私は、そのページを一度閉じて、
自分の書き込みを横に足した。
——同じものでも、
食べられる形になるまでには、
時間と手間がいる。
ペンを置く。
朝の光が、
湯気の向こうでやわらかく揺れていた。
《喫茶つむぎ》の朝は、
今日も静かに始まっている。
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今日の薬膳ミニ知識
■ ハスの実
・胃腸を整え、疲れにくい体を支える。
・気持ちを落ち着かせる。
・眠りが浅い時に向く。
・体力が落ちている時の回復食材。
・弱っている時でも食べやすい。
■ 蓮葉
・余分な熱や湿をさばき、体を軽く整える。
・ごはんを包むことで、消化を助ける働きもある。
■ 朝のやさしい主食
・朝は強く補うより、
整えて一日を始める形が向くことが多い。
・穏やかな甘味は、気をゆっくり動かす。
→静かな朝の一杯は、
体より先に「気分」を整えてくれることがあります。
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