第50話 れんこん

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れんこんと削れない夜

夕方の《喫茶つむぎ》は、外の光がゆっくり色を変えていく時間だった。
窓際の席にはまだ明るさが残っているのに、店の奥は少しずつ夜の気配をまとっていく。

私はカウンターでカップを拭きながら、入口のフライヤー置き場を整えていた。
少し減った束を揃え、角をきれいに合わせる。
こういう作業は地味だけれど、嫌いじゃない。

——誰かが、ふと手に取ってくれるかもしれないから。

ベルが鳴った。

「久しぶり」

入ってきたのは、三浦朝陽だった。
肩にかけたバッグは以前よりくたびれて見え、背中には少し疲れが乗っている。
けれど歩き方は前より迷いが少なく、目はきちんと前を向いていた。

「いらっしゃいませ。朝陽さん」

「あんずさん、ありがとう」
開口一番、朝陽は軽く頭を下げた。

「前に言ってたPAの真柴と、本屋の宮下。
ここ、気に入ってくれてさ。
“変に押しつけられないのがいい”って」

「よかったです」
私は素直に笑った。

朝陽はカウンターに腰を下ろすと、バッグの中からCDを取り出した。
ケースの角は少し擦れていて、手渡されるときの体温がまだ残っている。

「これ、補充しておきたい。フライヤーも」
そう言って、彼は小さな束を差し出す。

「ありがとうございます。……増えましたね」

「増えた。
……増やした」

笑いながら言う声は、軽い。
けれど、近くで見ると顔色は少し乾いて見えた。
目の下にうっすら影。唇の色も薄い。
髪をかき上げたとき、指先がひどく乾いているのが目に入る。

(削れてる)

「最近、どうですか?」
私は、あえて“体調”とは言わずに聞いた。

朝陽は一瞬だけ迷ってから、肩をすくめた。

「バンド、今が正念場。
ありがたいことに話も増えてるし、やることも増えてる」

それから、少しだけ声を落とす。

「……でも最近さ。
髪、抜ける。頭皮もカサつく。
夜に汗かくのに、喉は乾くし。
たまに耳鳴りもする」

言い終えると、まるで天気の話みたいに笑った。

「“頑張ってる証拠”って言われそうだけど、
正直、ちょっと怖い」

怖い、という言葉が出たのが意外だった。
けれど、彼の表情はいつもと同じように見せようとしている。

つむぎさんが、カウンターの奥から静かに出てきた。

「朝陽くん。今日は、潤いのあるものにしましょう」

「お任せします」

「お任せ、って言えるのはえらいわね」

つむぎさんの軽い一言に、朝陽が少しだけ笑った。
その笑いが、ほんの少し疲れている。

私は厨房に立ち、鍋を用意する。
火は強くしない。沸かしすぎない。
今日必要なのは、勢いじゃなく“保つ”ほうだ。

鍋にだしを張り、豚肉と薄切りのれんこんを入れる。
れんこんは、歯ごたえを残すより、今日は少し柔らかめに。
体が受け取りやすい形にしておく。

香りづけに生姜をほんの少しだけ。
強く温めるためじゃない。
中に冷えを残さないための、控えめな支え。

(頑張り続けている人の料理は、勢いを足すんじゃなく、潤いを守るものが合う)

器に注いで運ぶと、湯気が立ち上がった。
白く、やわらかい香り。

「どうぞ。豚肉とれんこんの滋養スープです」

「……うまそう」

朝陽は、まず香りを吸い込んでから、ひと口。

しばらく黙る。

「……飲みやすいな」

それだけだった。
“効いた”とも、“治った”とも言わない。
それが、ちょうど良かった。

私は、必要な分だけ言う。

「豚肉は、乾いて消耗しやすい内側を静かに補ってくれます。
れんこんは、乾きやすいところを守るように、体を支えてくれるんです」

「守る、ね」

朝陽はスープを飲みながら、ぽつりと言った。

「前はさ。削ってでも前に行くしかないと思ってた」

一息。

「でも最近、削りすぎると音が出なくなるって気づいた。
出そうとすればするほど、喉が乾いてさ」

私は黙って頷いた。

朝陽はカップを置き、フライヤーの束を指で整える。

「これ、また置かせて。
誰かの目に留まったらいい」

「もちろんです」

「ここ、不思議だよな。
何かを売ってるわけじゃないのに、
ちゃんと次につながる」

その言葉が、少しだけ胸に残った。
“次につながる”という言葉は、朝陽自身のことでもある。

食べ終えた朝陽は、息を吐いた。

「完全回復じゃないけど、
“戻り始めた”感じがする」

そう言いながら、ちゃっかり名刺を取り出す。

「ちなみに、このスープ……
ライブハウスの楽屋に置きたいくらい」

「……営業ですか?」

「冗談! 半分は!」

つむぎさんが、くすっと笑う。

「半分は本気ね」

三人で、思わず笑った。

帰り際、朝陽は立ち上がって振り返った。

「また来る。
削れすぎる前に」

「その前に、寝てください」

「努力します」

ベルが鳴って、夜の空気が少しだけ入り込む。
そしてすぐに、店の静けさが戻ってきた。

私はレシピ帳を開き、余白に書き足す。

——潤いは、音を続けるための土台。
——満たすことは、甘えじゃない。
——走る人ほど、守る料理がいる。

ペンを置くと、フライヤー置き場の角がきれいに揃っているのが目に入った。
そこにあるのは紙切れだけれど、確かに“次”へつながっている。

《喫茶つむぎ》は今日も、
続いていく人のための、静かな場所だった。

今日の薬膳ミニ知識

■ 豚肉
・乾いて消耗しやすい体を潤し、内側を静かに支える。
・喉の渇き、寝汗、乾燥が気になる時に向く食材。

■ れんこん
・乾きやすい喉や肺を守り、疲れた体の防波堤になる。
・消耗が続いた時の「削れ」をやさしく支える。

■ 潤す食事について
・頑張り続ける人ほど、足すより先に“守る”食事が必要になる。
・続けるための養生は、派手さより持続力。

→ 削れたら、満たす。
 潤いは、前に進む人の音を支えています。

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この記事を書いた人

国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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