第48話 桃

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桃の温度と消えかけた火

夕方の《喫茶つむぎ》は、昼の名残と夜の気配が混ざり合う時間だった。
カウンターの上には湯気の立つポット。外はまだ明るいのに、足元から少し冷えが忍び寄ってくる。

私はカップを拭きながら、店の奥に流れる静けさを確かめていた。

——この時間帯は、だいたい“無理をしてきた人”が来る。

そんなことを考えていたとき、ドアのベルが勢いよく鳴った。

「助けてー!」

入ってきたのは、高瀬陸さんだった。
いつもなら、入ってくるだけで場の温度が上がる人なのに——今日は違う。

スーツはきちんと着ている。
笑顔も、形だけはいつも通り。
でも、顔色がどこか青白く、目の下にうっすら影がある。

「……陸さん、大丈夫ですか?」

そう声をかけると、陸さんは大げさに肩を落とした。

「いやー、全然大丈夫じゃないっすね!
最近、全力投球しすぎて空回り続きで。
気づいたら、もうヘトヘトです!」

言い方は軽いのに、足取りが重い。
カウンターに腰を下ろすと、思わず腰のあたりを押さえた。

「腰から下が、ずっと冷えてる感じで……。
あと、むくみも出るし。
あ、これ営業トークじゃないですよ?」

「……本当に、つらそうですね」

私は、自然に視線を落とす。
首元には汗。でも、べたついている。

(冷え、水分過多、腎の火の弱り)

つむぎさんが、奥から様子を見ていた。

「陸くん。今日は朝ごはんは?」

「え? 朝はいつもどおり、牛乳とバナナでミックスジュースです!
健康的でしょ?
で、日中は試飲が多くて……あ、これ、うちの新作で——」

「ストップ」

つむぎさんが、やさしく制した。

「今日は、営業はいらない日ね」

陸さんは一瞬きょとんとして、それから苦笑した。

「……あ、バレました?」

私は、カウンターの内側から声をかける。

「バナナは健康的ではあるんですけど、
冷やす力が強い食材なんです。
毎朝だと、今の体には少し冷えが勝っちゃうかもしれません」

「えー。そうなんだ!
がぶ飲みしてましたね(汗)」
そういうと陸は苦笑いした。

「それに、試飲で冷たいものをたくさん飲むのも、
ちょっと体に負担かもしれませんね」

「えっ。
でも、水分は大事じゃないですか?」

「もちろん大事です。
ただ……摂りすぎると、体を温める力が追いつかなくなることもあるんです」

陸さんは、眉を寄せた。

「薄まる……?」

「体の中の“火”が、少し弱ってる感じです」

その言葉に、陸さんは大きくうなずいた。

「それ、めちゃくちゃしっくりきます。
なんか……ずっと火が点かない感じなんですよ」

つむぎさんが、私を見て言った。

「じゃあ、あんず。
今日は“守るごはん”と“温める飲みもの”ね」

私は、静かにうなずいた。

厨房に立ち、まず鍋に火を入れる。
入れたのは、えびと長ねぎ。
香りが立ちすぎないよう、あっさりと煮る。

その横で、別の小鍋に桃を刻む。
少量の湯で温め、なめらかになるまでゆっくり混ぜる。

——冷やさず、甘すぎず、でもちゃんと届く温度。

先に出したのは、温かい桃のミックスジュースだった。

「どうぞ。
今日は、これからです」

陸さんは、湯気を見て一瞬目を丸くした。

「え、あったかいんですね?」

「はい。今の陸さんには、そのほうが楽だと思います」

恐る恐る一口。

「……あ、これ」
少し驚いた顔で続ける。
「甘いのに、体の中がじんわりします」

「それでいいんです」

続いて、えびと長ねぎの煮ものを出す。

陸さんは、ひと口食べて、少し黙った。

「……うまい。
正直、最近あんまり食欲なかったんですけど」

二口目。

「これなら、食べられるな」

私は、それ以上説明しなかった。
薬膳に、即効性はない。
でも、“受け取れる”という感覚が戻ってきたなら、それで十分。

食べ終えたころ、陸さんは深く息を吐いた。

「いやー……助かりました。
完全回復じゃないですけど、
“戻り始めた”感じがします」

そう言いながら、ちゃっかり名刺を取り出す。

「ちなみに、この桃の飲みもの、
うちの商品ラインにどうですか?」

「……陸さん」

「冗談です! 半分は!」

三人で、思わず笑った。

帰り際、陸さんは振り返って言った。

「また、火が消えそうになったら来ますね」

「その前に、休んでください」

「努力します!」

ベルが鳴り、店に静けさが戻る。

私は、レシピ帳を開いた。

——元気な人ほど、冷えに気づかない。
——火は、急がず、守りながら戻す。

つむぎさんが、ぽつりと言った。

「いい選び方だったわね」

「……はい。
今日は、足さないほうが合ってました」

「それができるようになったなら、十分よ」

夕方の《喫茶つむぎ》に、
消えかけていた火が、静かに灯り直す気配が残っていた。

今日の薬膳ミニ知識

■ バナナ・牛乳
・どちらも体を冷やす性質があり、毎日続くと冷えやむくみにつながりやすい。
・腎陽虚タイプは、冷たい朝食や冷飲を控えめに。

■ 桃(温めて使う)
・体を潤しながら、巡りを助ける果物。
・温めることで、冷えやすい体にもやさしく作用する。

→ 冷やしすぎと水分過多は、腎の火を弱らせやすい。
 守りながら温めることで、元気は自然に戻りはじめます。

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この記事を書いた人

国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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