第45話 ハトムギ

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ハトムギと重だるい午後

午後の《喫茶つむぎ》は、珍しく空気が重たかった。
雨は降っていないのに、窓の外も店内も、どこか湿り気を帯びている。

「……あっつ」

カウンターの奥で、蓮がエプロンの首元をぱたぱたとあおいだ。

「ちょっと、汗べたべたしてません?」
私は半分冗談で言った。

「うわ、やめろ。臭そうとか言うな」

「言ってないですけど?」

そう返すと、蓮は鼻で笑ったが、笑顔は長く続かなかった。
椅子に腰を下ろすと、肩をすとんと落とす。

「……なんか、体が重い」

それを聞いたつむぎさんが、さっとこちらを見る。

「蓮くん、今日は無理しないで。
あんず、ちょっと診てあげて」

「え、私が?」

「いいから」

その一言に、背筋が伸びた。

私は蓮の前に立ち、いつもの調子を崩さないよう、静かに聞く。

「どんな感じですか?」

蓮は少し考えてから、指折り数えた。

「体がだるい。
痰が絡む。
汗が……べたつく。
あと、便はゆるいし、飯食うと眠くなる」

「……全部言いますね」

「聞かれたからな」

私はうなずきながら、頭の中で整理する。

「舌、見せてもらってもいいですか?」

「はいはい」

舌を出した蓮を見て、私は息をひそめた。

白くて、厚く、少しねっとりした舌苔。
縁には、うっすら歯の跡。
(教科書どおりの痰湿と脾気虚。迷う余地はなかった)

「どうだ?」

「……正直に言いますね」

私は目を上げた。

「体の中に“いらない水分”が溜まりやすくなってて、
それを片づける元気が、ちょっと落ちてます」

蓮は肩をすくめる。

「難しい言い方だな」

「簡単に言うと、
“湿気を溜め込みやすいのに、片づける力が弱ってる”感じです」

その様子を見ていたつむぎさんが、ふっと笑った。

「じゃあ、答えは一つね」

「……はい」

私は厨房に立った。

鍋に水を張り、火を入れる。
前もって戻しておいたハトムギを、静かに加えた。

(中心はこれ)

ハトムギは、余分な水分を外に流す力がある。
でも、ただ“出す”だけじゃない。
胃腸を支えながら、肺に絡んだ湿も一緒にゆっくり抜いていく。

そこへ、刻んだごぼう。
里芋。
玉ねぎ。
最後に、すり下ろした山芋。

根菜の甘みと、とろみが合わさって、湯気がやさしく立ち上る。

「今日は、ハトムギ入りの根菜スープです」

蓮の前に置くと、彼は湯気を眺めてから、ひと口すくった。

「……美味い」

それだけ言って、黙々と食べる。

「正直、食欲なかったんだけどさ」
二口目のあと、ぽつりと言った。
「これなら、入るな」

私はそれ以上、何も言わなかった。
薬膳に即効性はない。
今は、それでいい。

つむぎさんが、カウンター越しに静かに言う。

「ちゃんと診てる顔、してたわね」

私は少しだけ照れた。

「前は、とにかく足さなきゃって思ってたんですけど……
最近は、先に“滞ってるところ”を見るようになりました」

つむぎさんは、少しだけ笑った。

「それでいいの。 でもね、忘れないで。
体のことばかり見すぎると、 薬膳が“料理”じゃなくなっちゃうから」

「……はい」

蓮は最後の一口を飲み干し、息をついた。

「参ったな。
俺、今日は完全に客だな」

「そういう日も、あります」

そう答えると、蓮は少しだけ笑った。

午後の《喫茶つむぎ》に、重だるさはもうなかった。
代わりに、ゆっくりと巡り出す気配だけが残っていた。

今日の薬膳ミニ知識

■ ハトムギ
・体に溜まった余分な水分を外に流し、痰や重だるさを軽くする。
・胃腸を傷めにくく、湿が溜まりやすい体質の基本食材。

ごぼう
・体内の不要なものを外に出し、湿や老廃物の停滞を助ける。
・巡りを促しながら、重だるさを内側からほどいていく根菜。

里芋
・胃腸をやさしく守り、消化力が落ちた時の受け皿になる。
・湿をさばきつつ、体力を消耗させずに整える食材。

玉ねぎ
・気と血の巡りを助け、滞りがちな内側を動かす。
・冷えすぎず、温めすぎず、巡りのバランスを取る役割。

■ 山芋
・弱った胃腸を元気にし、気(エネルギー)を補う。
・痰湿の原因となる“気虚”を立て直す要の食材。

→ 気が足りないと、水は滞る。
 補いながら流す——それが痰湿体質の基本の整え方です。

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この記事を書いた人

国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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