百合根粥と眠っていい午後
昼下がりの《喫茶つむぎ》は、ゆっくりとした時間が流れていた。
ストーブの火が小さく鳴り、カウンターの上ではポットの湯気が静かに立っている。
私はカップを磨きながら、店内の空気を確かめる。
騒がしくもなく、静かすぎもしない――午後の喫茶店らしい、ほどよい間。
ベルが鳴った。
「こんにちは……」
入ってきたのは、ノートパソコンを抱えた女性だった。
コートを脱ぎながら、少し困ったように笑う。
「すみません。空いてます?」
「どうぞ」
席につくなり、彼女はメニューを眺めて首をかしげた。
「……コーヒー、にしようかな。でもさっきご飯食べたばっかりで」
「眠くなりますよね、食後」
私がそう言うと、彼女は思わず吹き出した。
「そうなんです。もう、急にガクッと。
仕事の途中なのに、頭がぼーっとして」
「お仕事の合間ですか?」
「はい。家で作業してるんですけど、
食べると眠くなるのが怖くて、ついコーヒーに頼っちゃって」
(……無理に起こしてる感じだな)
私はメニューを指さした。
「軽めのものもありますよ。
今日は、あったかいお粥も出せますけど」
「お粥……喫茶店で?」
「うち、たまに出るんです。
“眠くなってもいい午後”の日に」
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彼女は少し考えてから、肩を落とした。
「……じゃあ、それで。
眠くなったら、もう諦めます」
鍋に火を入れ、百合根をほぐす。
コトコトという音が、午後の静けさに溶け込む。
運ばれてきた器を前に、彼女は少し驚いた顔をした。
「きれい……」
「派手じゃないですけど、やさしい味です」
ひと口食べて、彼女はしばらく黙った。
それから、小さく息を吐く。
「……あ、なんか。
眠いけど、嫌な感じじゃない」
「それなら、合ってますね」
そのやり取りを聞いていた蓮が、新聞を畳みながら言った。
「眠くなるのはな、
腹がちゃんと動き出した合図だ。」
彼女はくすっと笑った。
「じゃあ、今日は仕事サボっていい日ですね」
「“休憩する日”です」
百合根粥を食べ終えるころには、
彼女の肩の力はすっかり抜けていた。
「このあと、少し散歩してから戻ります。
コーヒーじゃなくて、こういう選択肢もあるんですね」
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「また眠くなったら、どうぞ」
会計を済ませ、彼女は扉の前で振り返った。
「……ここ、落ち着きますね」
ベルが鳴り、午後の光が戻る。
私はレシピ帳を開き、ひとことだけ書き足した。
——眠気は、整ってきた合図のこともある。
カウンターの向こうで、蓮が小さく言う。
「喫茶店はな、起こす場所じゃない。
落ち着かせる場所だ」
ストーブの火が、静かに揺れた。
《喫茶つむぎ》の午後は、今日も“眠っていい時間”を出していた。
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今日の薬膳ミニ知識
■ 百合根(ゆりね)
・心と肺を潤し、緊張や不安をやわらげる食材。
・考えすぎや神経疲労で浅くなった呼吸を整え、眠りに向かう準備を助ける。
・「休みたいのに休めない」時の、心のクールダウンに向く。
■ お粥
・消化に負担をかけず、胃腸の働きを穏やかに整える。
・食後の眠気を“不調”ではなく、回復のサインに変えてくれる。
・エネルギーを使いすぎた日の、立て直しの一杯。
→ 食後の眠気は、体がさぼっているのではなく、
「ちゃんと働き始めた」合図のこともあります。
百合根粥は、起こさず・追い立てず、
午後の体をやさしく着地させる薬膳です。
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