第38話 百合根粥

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百合根粥と眠っていい午後

昼下がりの《喫茶つむぎ》は、ゆっくりとした時間が流れていた。
ストーブの火が小さく鳴り、カウンターの上ではポットの湯気が静かに立っている。

私はカップを磨きながら、店内の空気を確かめる。
騒がしくもなく、静かすぎもしない――午後の喫茶店らしい、ほどよい間。

ベルが鳴った。

「こんにちは……」

入ってきたのは、ノートパソコンを抱えた女性だった。
コートを脱ぎながら、少し困ったように笑う。

「すみません。空いてます?」

「どうぞ」

席につくなり、彼女はメニューを眺めて首をかしげた。

「……コーヒー、にしようかな。でもさっきご飯食べたばっかりで」
「眠くなりますよね、食後」

私がそう言うと、彼女は思わず吹き出した。

「そうなんです。もう、急にガクッと。
仕事の途中なのに、頭がぼーっとして」

「お仕事の合間ですか?」

「はい。家で作業してるんですけど、
食べると眠くなるのが怖くて、ついコーヒーに頼っちゃって」

(……無理に起こしてる感じだな)

私はメニューを指さした。

「軽めのものもありますよ。
今日は、あったかいお粥も出せますけど」

「お粥……喫茶店で?」

「うち、たまに出るんです。
“眠くなってもいい午後”の日に」

彼女は少し考えてから、肩を落とした。

「……じゃあ、それで。
眠くなったら、もう諦めます」

鍋に火を入れ、百合根をほぐす。
コトコトという音が、午後の静けさに溶け込む。

運ばれてきた器を前に、彼女は少し驚いた顔をした。

「きれい……」

「派手じゃないですけど、やさしい味です」

ひと口食べて、彼女はしばらく黙った。

それから、小さく息を吐く。

「……あ、なんか。
眠いけど、嫌な感じじゃない」

「それなら、合ってますね」

そのやり取りを聞いていた蓮が、新聞を畳みながら言った。

「眠くなるのはな、
腹がちゃんと動き出した合図だ。」

彼女はくすっと笑った。

「じゃあ、今日は仕事サボっていい日ですね」

「“休憩する日”です」

百合根粥を食べ終えるころには、
彼女の肩の力はすっかり抜けていた。

「このあと、少し散歩してから戻ります。
コーヒーじゃなくて、こういう選択肢もあるんですね」

「また眠くなったら、どうぞ」

会計を済ませ、彼女は扉の前で振り返った。

「……ここ、落ち着きますね」

ベルが鳴り、午後の光が戻る。

私はレシピ帳を開き、ひとことだけ書き足した。

——眠気は、整ってきた合図のこともある。

カウンターの向こうで、蓮が小さく言う。

「喫茶店はな、起こす場所じゃない。
落ち着かせる場所だ」

ストーブの火が、静かに揺れた。
《喫茶つむぎ》の午後は、今日も“眠っていい時間”を出していた。

今日の薬膳ミニ知識

■ 百合根(ゆりね)
・心と肺を潤し、緊張や不安をやわらげる食材。
・考えすぎや神経疲労で浅くなった呼吸を整え、眠りに向かう準備を助ける。
・「休みたいのに休めない」時の、心のクールダウンに向く。

■ お粥
・消化に負担をかけず、胃腸の働きを穏やかに整える。
・食後の眠気を“不調”ではなく、回復のサインに変えてくれる。
・エネルギーを使いすぎた日の、立て直しの一杯。

→ 食後の眠気は、体がさぼっているのではなく、
 「ちゃんと働き始めた」合図のこともあります。
 百合根粥は、起こさず・追い立てず、
 午後の体をやさしく着地させる薬膳です。

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この記事を書いた人

国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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