菊花茶と止まらない思考
朝の《喫茶つむぎ》は、まだ冬の名残りを引きずった冷たい風が窓を叩いていた。
湯気の上がるポットの前で、私はレシピ帳をめくりながら首をかしげる。
——巡らせる。
——温める。
——香りで整える。
どれも“良いこと”に見える。
でも、良いものほど扱い方で迷子になる気がしていた。
「蓮さん、“いい薬膳”って何ですか?」
新聞を読んでいた蓮は、ページを折りながら淡々と言った。
「状況次第だ。」
「……説明になってません。」
「説明になってる。」
やっぱり、これ以上返してくれる気はなさそうだ。
ため息を飲み込んだところで、ベルが柔らかく揺れた。
「……失礼します。」
入ってきたのは、黒縁メガネに大きなリュック。
付箋だらけの厚い本と、雑誌『ムー』を抱えた高校生だった。
(由衣ちゃんが言ってた“オカルト研究部の人”だ……)
彼は眠そうな目でメニューを見て、
「ホットコーヒーをお願いします。苦めで。意識飛ばないくらいに。」
と言って席についた。
カップを置いたあと、私は声をかけた。
「受験生さんですか?」
「……研究です。」
「え?」
「夢の中で思考が続くかどうかの検証……なんですけど、
夢の中で検証してるのか、ただ寝てるだけなのか判断つかなくて……」
蓮が新聞越しにじっと視線だけ向ける。
私は笑うのをこらえた。
青年は真剣な顔で続けた。
「最近、寝ても脳みそが動きっぱなしで……
思考が止まらないんです。
呼吸も浅いし、食欲も乱れてて。
なのに、気づいたらコーヒーばっか飲んでいて。」
そして軽く会釈するように名乗った。
「桐生 湊(きりゅう みなと)です。
由衣さんの同級生です。……あ、アトランティス大陸って実在したと思います?」
寝不足のくせに、妙に楽しそうだった。
(……ははは。さすがオカルト研究会)
私は元気づけられればと思い、
・シナモン入りショウガチャイ
・黒糖ジンジャークッキー
を出した。
湊は素直に口をつけ、少し目を丸くした。
「……おいしいです。でも……なんか、頭の中が余計にカッカしてきた気がします……。」
机の下で、彼の膝が小さく揺れていた。
(……あ、やっちゃった)
そのとき、奥からつむぎさんが近づき、小声で言った。
「香りの薬膳は“巡らせる”力があるの。
でもいま彼は、すでに頭に熱がある。
そこへ温と香りを重ねると、気は“上”に逃げてしまうわ。」
私は息を飲んだ。
慌ててレシピ帳をめくると、ページの端に薄く走り書きされた文字。
——巡らせる=上げるとは限らない。
——風は、向きを選ぶ。
蓮の字だった。
(……そっか。私は“良いもの”を重ねただけだったんだ)
深呼吸して、私は湊の前に別のカップを置いた。
「菊花と山査子(さんざし)と陳皮のお茶です。
頭の熱を静めて、気をほどくお茶なんです。」
湊はゆっくりひと口飲み、ふっと息を漏らした。
「……あ、さっきより落ち着く……
頭の中の“詰まり”がちょっと減る感じです。」
蓮が新聞を閉じ、珍しくこちらを見る。
「思考が走り続けるのは、頭じゃなくて気が詰まってる証拠だ。
止めるんじゃなく、落とせばいい。」
湊は静かに頷き、カップを両手で包んだ。
「……今日、眠れる気がします。」
帰り際、彼は少し照れたように振り返った。
「また来ても……いいですか?」
私は笑ってうなずく。
「もちろん。研究の進展も、ぜひ。」
扉の外はまだひんやりした風が吹いているのに、
カップの中の菊花だけが、春の光のようにほころんでいた。
私はレシピ帳の余白に静かに書き足す。
——誰かの力になりたいときほど、“強いもの”ではなく“必要な方向”を見る。
——温めたいときでも、まず整えること。
蓮が静かに言う。
「……やっと“診る”ようになってきたな。」
胸の奥で、春の風がそっと巡った気がした。
今日の薬膳ミニ知識
■ 菊花(きくか)
・頭のほてり、目の疲れを冷まして落ち着かせる。
・イライラ、考えすぎ、脳が休まらない時に。
(※受験生・デスクワークにとても向く)
■ 山査子(さんざし)
・食べすぎ・胃の張り・ストレスによる“胸のつかえ”に。
・酸味が滞りをほどき、巡りを助ける。
■ 陳皮(ちんぴ)
・香りで気を巡らせ、ストレスで固まった胃をやさしく整える。
・コーヒー過多の重たい胃にも向く。
→ 頭が止まらない時は、刺激で“上げる”より、
香りと酸味で“落とす・ほどく”方向へ。
静かに呼吸が戻る薬膳は、考えすぎで疲れた“心の風”も整えてくれます。
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