龍眼粥と灯らない夜
夜の《喫茶つむぎ》は、いつもより少し暗かった。
脚立の上で、オーナーの蓮がぶら下がった丸い電球を指先でつついている。
「……寿命だな。はい、交換。」
カチリ、と新しい電球を回し込むと、ふわりと温かな光が戻った。
そのタイミングで、扉のベルが軽く鳴る。
「あ、こんばんは。」
入ってきた青年は店内をひとまわり見渡し、軽く会釈した。
眠そうというより、考えごとで頭がいっぱいの顔だ。
「コーヒーお願いします。」
柔らかな声でそう言って、カウンター席へ。
私は返事をしつつ、(誰かに雰囲気が似てる……)と首を傾げた。
やがて青年はマグを受け取り、苦笑混じりに名乗る。
「宮下透といいます。……本屋やってます。
朝陽から“なんか落ち着く店がある”って聞いて来ました。」
そう言いながら肩をすくめるように笑う。
「アイツ、小さいころから変わらないんですよ。
外では強そうな顔して、内側はガラス。……昔から知ってます。」
——ああ、なるほど。
“似ている”のは声じゃなく、話すときの迷いの仕草だ。
朝陽さんと同じ、繊細さが背中に乗っている。
マグを両手で包みながら、宮下さんは続けた。
「最近、寝ても疲れ取れなくて。夢ばっかり見るんです。
仕事で溜め込んだ愚痴を、夢の中の自分が勝手に叫んでて……
……“自分で解決しろ!”って言った瞬間に目が覚めました。」
自分で言っておきながら、笑いが漏れた。
「現実じゃ絶対言わないのに……夢の中のほうが本音言えるなんて、変ですよね。」
そしてまた、堪えるように小さくあくび。
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「なんか胸のあたりがずっと重くて。
うっかりミス増えるし、食欲もないから元気出ない——気がします。」
私はゆっくり頷いた。
「朝陽さんのことは……ここに来る前と後の変化で、気づきました?」
宮下さんは意外そうに目を丸くした。
「……わかります? あいつ、別人みたいに息がしやすそうで。」
——薬膳は薬じゃない。
でも、人が立ち止まるきっかけにはなる。
私は少しだけ前のめりになり、優しく伝える。
「宮下さんの状態は“無理をしながら走ってきた心と体が、休みたがっているサイン”です。
そんな時は、強い刺激より……“静かに支える食事”が合います。」
宮下さんの表情が、ほんの少し緩んだ。
「静かに……支える。」
私は棚から乾燥した龍眼を取り出し、小さく見せる。
「夜に合う食材です。
優しい甘さで、疲れた心と体をゆっくり落ち着かせてくれます。」
「……食べてみたいです。」
鍋に火を入れ、米と水と龍眼を落とす。
ふわりと香りが立ち上がり、灯りの戻った店内に沁みていく。
静かな湯気の音の中、蓮が工具箱を片づけながらぽつりと言った。
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「龍眼粥か。腹も灯りも、急がなくていい。
そのうち……なるようになる。」
宮下さんは吹き出し、肩を揺らした。
「朝陽が言ってた“妙に沁みる言葉の店”って……これか。」
やがて龍眼粥をテーブルに置くと、宮下さんはひと口。
驚いたように目を軽く開く。
「……やさしい味ですね。
なんか……胸のあたりの力が抜けてきます。」
声が少し低く、落ち着いた層に変わっていた。
帰り際、コートを着ながら小さく言う。
「また来ます。……この感じ、しばらく忘れてたので。」
扉が閉まるころ、店内には湯気の余韻と、
蓮のひとことが静かに残っていた。
——焦らなくていい。
休むことも、前に進むうちのひとつだ。
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今日の薬膳ミニ知識
龍眼(りゅうがん):疲れやすさや不安感をやわらげ、眠りの質を整える。
百合根:緊張や胸のざわつきをしずめ、呼吸と気持ちを落ち着かせる。
蜂蜜:喉と心に潤いを与え、やわらかな安心感を作る。消化にもやさしい。
→ 焦らず、ゆっくり満ちていくものほど、心に長く灯り続ける。
そんな夜に寄り添うのが、龍眼粥です。
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