ローズティーと風の調べ
春の嵐が去った翌朝、《喫茶つむぎ》のガラス戸はうすく曇っていた。
昨夜の雨が街の色を洗い流し、空気はどこか軽い。
けれど、軽さの分だけ落ち着かない——そんな朝もある。
開店準備をしながら、私はレシピ帳の“香りの章”を開いた。
端に小さく《玫瑰花(まいけいか)/理気・解鬱》《蜂蜜/潤肺・和中》と走り書きがある。
“香りを聴け”。昨日書き添えた自分の文字が、まだ新しい。
ベルが鳴って、「おはようございます」と森永翠さんが入ってきた。
薄手のトレンチの襟を押さえ、深く息を吐く。
「おはようございます。外、風が強かったでしょう?」
「ええ、駅までの道で髪がぐしゃぐしゃになって……。
でも風のせいか、ちょっと胸がつかえる感じで。」
「春は“肝(かん)”の季節。気が上にのぼりやすいから、息が浅くなりやすいんです。」
「たしかに……資料を読んでても、集中できなくて。
息を吸っても落ち着かない感じです。」
カウンターに分厚いファイルを置く。背表紙には〈香りのPR案〉とある。
ページの端には、昨日の雨粒の跡が乾いて白く残っていた。
「また香りの企画なんですね。」
「ええ。“香りで整える日常”。でも言葉にすると似たような表現ばかりで……
“リフレッシュ”“癒し”“安らぎ”——どれも違うようで同じに見えるんです。」
私は頷き、棚からびんを二つ取り出した。
ひとつは乾いたローズの花、もうひとつは蜂蜜の瓶。
「今日は“心をほどく香り”を試してみましょう。
ローズで気の巡りを整えて、蜂蜜がやさしく包みます。」
「……お願いします。」
湯をわかす音に、春の光が重なる。
ポットに乾燥ローズをひとつまみ。
湯を落とすと、やわらかな紅色がカップに広がり、
ほのかな酸味を帯びた香りがふわりと店に漂った。
鼻を近づけた瞬間、私は分量をわずかに増やしすぎたことを悔やんだ。
——香りが強い。華やかすぎて、気がまた上がってしまう。
「すみません、やり直します。」
笑って頭を下げ、もう一度。
今度はローズを“半拍”だけ減らす。蜂蜜は、さっきより“半拍”だけ多めに。
香りの角を丸くするために、少し冷ました湯を注ぐ。
「香りって、楽譜みたいですね。」
翠さんが呟く。
「昨日、蓮さんに“香りは伴奏”って教わりました。
今日は……“心の音”って感じがします。」
そのとき、奥から三弦ギターの音が聞こえた。
蓮がケースを抱えて現れる。
「心の音なら、主和音はメジャーセブンだな。」
軽く弦を鳴らすと、空気がふっと柔らかく沈む。
私はカップを差し出した。
「ローズティーに蜂蜜を少し。どうぞ。」
翠さんは両手で包み、香りを吸い込む。
「……甘いのに、すっと胸が開く感じ。
香りがふわっと下がって、息が通る……“軽くなる香り”ですね。」
「ローズは、気をめぐらせて心の緊張をほどいてくれます。
春のストレスや胸の張りにちょうどいいんですよ。」
翠さんは笑みを浮かべ、ファイルを開く。
「“香りで整う、春の呼吸”。これ、次の見出しにします。」
カウンターの奥で、つむぎさんがカップを拭きながら微笑んだ。
「香りは、肝(きも)の風を整えるもの。
心を開かせたいときには、ローズがいちばんいいわね。」
蓮が弦を鳴らし、低く言った。
「風が強い日は、音も香りも、逃げ道がいる。」
その言葉に、翠さんは静かに頷いた。
「香りにも“逃げ場”があるんですね。
強くしすぎると、気持ちが追いつかない……まるで仕事みたい。」
私はレシピ帳の余白に書き加えた。
——ローズ=心の巡り、蜂蜜=香りの橋。
翠さんはファイルにタイトルを走らせる。
〈心をほどく香り〉。
その字が紙に沈むのを、みんなで黙って見ていた。
今日の薬膳ミニ知識
ローズ(玫瑰花):胸のつかえ、ストレス、考えすぎで息が詰まるときに寄り添ってくれる花のお茶。血の巡りも整え、気持ちがふわっと軽くなる。春の揺らぎやPMSに悩む人にも向いています。
蜂蜜:喉や胃をやさしく潤し、緊張をゆるめる甘さ。温かい飲み物に加えると、香りや刺激がまろやかになります。(熱すぎるお湯だと成分が損なわれるため、少し冷ましてから)
――ただし、ひとつだけ注意。
ローズは体を温め、巡らせる力が強いため、
発熱・のぼせ・高血圧・妊娠中の方は控えめに。
→ 春は、心も気も動きやすい季節。
花の香りは、閉じこめた感情をやさしくほどき、風のように流してくれます。
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