生姜湯と凍えた言葉
夕暮れの《喫茶つむぎ》。
外の風は冷たく、扉の隙間から入り込むたびに店内の空気をひやりと揺らした。
「寒いなぁ……体の芯まで冷えそう」
私は土鍋の火加減を見ながらつぶやいた。
湯気とともに立ちのぼる生姜の香りが、鼻を抜けてじんわりと温かさを広げる。
お腹からぽかぽかするようなこの匂いは、寒い日の店を守ってくれる味方だ。
そのとき、ベルが鳴った。
ギターケースを背負った青年が入ってきた。
頬は青白く、指先はかじかんで真っ赤。
「……あの、温かいものをください」
弱々しい声は、寒さだけでなく別の凍えも含んでいるように聞こえた。
私は彼を見て、静かにうなずいた。
「体が冷えているようですね。生姜湯はいかがでしょうか?
もし生姜がお好きでしたら。合わなければ別の温かいお飲み物もありますからね」
青年は力なく笑みを浮かべた。
「……生姜は好きです。お願いします」
*
器を両手で抱えた青年は、一口含むと目を細めた。
「……体の奥まで温まっていく」
頬に血色が戻り、少し呼吸が落ち着いたように見えた。
やがて彼はカバンから擦り切れたノートを取り出す。
ページには歌詞のような言葉が並び、最後の行だけがぽっかりと空白のままだった。
「新曲を演奏したいんです。でも……最後まで歌詞が出てこなくて。
結局、既存の曲でごまかすかどうか迷っているんです」
疲れたように笑い、ノートを閉じかける。
「昨日から少し吐き気もあって……病院では異常なし。
“メンタルのせいだろう”なんて言われました。でも、そんなふうに片づけられるのは……苦しい」
青白い顔色、冷えた指先。まさに“未病”の状態だった。
私は器を指さして言った。
「ゆっくり飲んでください。体も心も温まりますから」
*
そのとき、奥の席でコーヒーを飲んでいたオーナーの蓮が、ひょいと立ち上がった。
壁に立てかけていた自分の三弦ギターを抱え、飄々と弦をつまびく。
「最後の言葉が書けない? 音に任せりゃいい。言葉はあとからついてくるもんだ」
青年は驚いたように蓮を見て、ノートの空白をにらんだ。
やがて、生姜湯で温まった体の奥から、声をのせるように言葉があふれ出した。
「……止まらない!未来を刻む」
店内の空気が震えるように響いた。
青年は自分の声に驚き、胸に手を当てる。
「……出た。お腹のあたりが温かくて、喉のひっかかりが取れて、声が出やすくなった気がする……!」
私は微笑んで言葉を添えた。
「生姜は胃を温めて止嘔に効きますし、止咳の効能もあるんです。
冷えで固まっていた体がほぐれると、声も自然に出やすくなるんですよ」
青年は深く頷き、ノートの最後の行に力強くペンを走らせた。
もう空白は「迷い」ではなく、新しい歌の始まりに変わっていた。
蓮は軽やかにギターを鳴らし、飄々と笑った。
「ほらな。声も歌詞も、止まらなくなったろ」
青年は顔を上げ、晴れやかな声で言った。
「ありがとうございます……また歌えます!」
*
外の冷たい風はまだ止まなかったけれど、店内には生姜の香りと、新しい歌の余韻が温かく残っていた。
【今日の薬膳ミニ知識】
・生姜:体を芯から温め、血行を促進。冷えによる喉の不調や吐き気に効果的。
・止嘔・止咳作用があり、声が出にくいときの助けになる。
・体を温めると心もほぐれ、言葉や歌が自然に流れ出す。
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