第12話 ハチミツ大根

ハチミツ大根
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ハチミツ大根と掠れた声

夕方の《喫茶つむぎ》。
窓の外は春めいてきた風が吹いていたが、まだ冷たい空気が残っている。
私はカウンターで大根を刻み、蜂蜜に漬け込んだ瓶を棚に置いた。
しばらく待てば、透きとおった甘い汁がにじみ出てくる――喉に優しいお手製の薬膳だ。

扉のベルが鳴り、見覚えのある姿が入ってきた。
「こんばんは……」
ギターケースを背負った青年――三浦 朝陽さんだ。
以前は歌詞が書けないと悩んでいたが、今日はどこか張りつめた表情をしている。

「いらっしゃいませ。少しお疲れのようですね」
声をかけると、彼は苦笑した。

「新曲はできたんです。……でも、声がかすれてしまって。
ライブが10日後に迫っているのに、声が思うように出ないんです」

カウンターに座り、処方薬の袋を机に置いた。
「耳鼻科で薬はもらいました。でも……他にできることはないかって思って」

私は瓶を指差した。
「これは大根を蜂蜜に漬けたものです。
大根は痰を切り、蜂蜜は潤いを与えて咳やかすれを和らげてくれます。
よければ、少し試してみますか?」

彼は驚いたように目を見開いた。
「はちみつ大根……聞いたことはあるけど、試したことはなくて」

そこへ、奥の席から蓮がギターを抱えて現れた。
「声が出にくいときは、無理に歌おうとせずに休ませるのが一番だな」
弦を爪弾きながら、落ち着いた声で続ける。

「部屋を加湿したり、水分をしっかり摂ったり。声帯はデリケートだから、環境を整えるだけでも回復が早まる。
ストレスを減らして体を緩めることも大事だ」

軽くリズムを刻み、笑みを浮かべる。
「歌えない時間こそ、音やリズムを頭の中で描く練習に充てればいい。声を休めつつも、音楽は磨けるんだ」

朝陽はじっと耳を傾け、そして小さくうなずいた。
「……そうか。歌えない時間を“無駄”じゃなくて、“準備”にすればいいんですね」

はちみつ大根の汁をスプーンで一口すすると、彼はほっと息をついた。
「……甘くてやさしい味。喉にすっと広がりますね」

私は微笑んだ。
「毎日少しずつでも続けてみてください。
薬膳は即効性より、体を整える力を積み重ねてくれるんです」

彼は頷き、カバンからノートを取り出して表紙を撫でた。
「焦ってばかりで、準備の仕方を忘れてました。……ありがとうございます」

蓮はギターを軽く鳴らし、飄々と笑った。
「10日後のステージ? 観客は声だけ聴いてるわけじゃない。
歌う姿も含めて音楽なんだ。――焦らず磨いてこい」

朝陽は吹っ切れたように笑い、店を後にした。

外の冷たい空気を背に受けながら、私は瓶を見つめた。
――蜂蜜の甘さと大根の清らかさ。
掠れた声にも、きっと明日を歌う力を取り戻してくれる。

今日の薬膳ミニ知識

・大根:痰を切り、咳をしずめ、消化を助ける。
・蜂蜜:潤いを与え、咳や声のかすれをやわらげる。
・「はちみつ大根」は古くから民間療法として親しまれており、特に歌う人や声を使う人におすすめ。

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この記事を書いた人

国際中医薬膳師のいろはが薬膳の効果と普段食べている食材にも効能があることをお伝えします。

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