山査子飴と揺れる恋心
午後の《喫茶つむぎ》。
外はまだ日差しが強いけれど、店内は木の温もりとやさしい影に包まれていた。
カウンターには、小瓶に詰めた赤い飴玉を並べている。
光を透かすと、まるで小さなルビーのように輝いた。
「今日のおすすめは山査子(さんざし)の飴です。甘酸っぱくて、気持ちをすっきりさせてくれますよ」
瓶を整えながら私は言った。
そのとき、扉が開き、ノートを抱えた女子大生風の客が入ってきた。
黒板の「本日のおすすめ」をじっと見つめてから、ゆっくり席に座る。
「……その、山査子飴ってどんな味なんですか?」
私は微笑んで瓶を差し出した。
「よろしければ、ひと粒どうぞ。甘酸っぱくて、胸の奥をすっと軽くしてくれます」
彼女はおそるおそる口に含み、驚いたように目を見開いた。
「……ほんとだ、甘酸っぱいけど後味がすっきり。なんだか、気持ちも落ち着きます」
*
ノートを開いた彼女は、ため息をこぼした。
「ゼミの課題で“人の気持ちの変化”についてレポートを書かなきゃいけなくて。
でも、言葉がぜんぜん出てこなくて……。
昨日も友達と焼肉を食べすぎて、胃もたれで眠れなくて……今日も頭が重いんです」
私は頷き、瓶の中の赤い飴を指さした。
「山査子はね、特に肉や脂っこいものの消化を助けてくれる果実なんです。
血の巡りもよくしてくれるから、頭や体がすっきりしていきますよ。
そして……飲み込みすぎた気持ちも同じ。外に少し出せば、軽くなるんです」
彼女は頬を赤らめ、視線を落とした。
「……実は、ゼミに気になる人がいて。
でも告白したら関係が壊れるんじゃないかって……胸にためこんでばかりで」
奥で帳簿を整理していたつむぎさんが、顔を上げて静かに言った。
「隠そうとしても、気持ちは表情や仕草に出るものよ。
なら、ほんの少しでも言葉にした方が、心はずっと軽くなるわ」
彼女は目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「……そうですよね。全部は無理でも、ほんの少しなら言葉にできるかもしれません」
*
帰り際、彼女は小瓶をひとつ手に取り、ぎゅっと握りしめた。
「この飴、課題のヒントにします。……そして、自分の気持ちの整理にも」
扉が閉まったあと、私は瓶の赤い飴を見つめてつぶやいた。
「甘酸っぱくて、胸に残る味。恋心って、それに似てますね」
つむぎさんはやわらかく微笑んだ。
「ええ。山査子はね、体の重さも心の重さも流してくれる果実。
若さを支える力を持っているのよ」
香ばしい甘酸っぱさが、店内にやさしく広がっていった。
――薬膳は体を整えるだけじゃない。
揺れる心にも、次に進む勇気を与えてくれる。
今日の薬膳ミニ知識
・山査子(さんざし):消化を助け、特に肉類や脂っこいものの胃もたれに効果的。
・血の巡りを良くし、冷えや頭の重さを改善。
・お腹の不調(腹痛・下痢・胃もたれ)にも用いられる。
・抗酸化作用で体の錆びを防ぎ、若さと元気を支える果実。
![]() | 価格:3000円 |
